2011年12月10日土曜日

Pho 24

地下鉄市ヶ谷駅(市ヶ谷田町方面5番出口)の階段を上り地上に
出ると目の前にDenny'sの看板が、そして並ぶように『PHO24』の
看板がありました。

「エッ、何故ここに? 」との思いがとっさにーーー


サイゴンで生活している時、訪ねてきた友人が「PHOを食べたい」と言うと
先ずは案内した店です。値段はローカルの人が食べるお店の倍以上は
するのですが、衛生面では問題がなさそうだったからです。

でもそのお店が、日本にあるとは知りませんでした。



気になるのが値段。


牛肉のPhoが730円、鶏肉が630円

サイゴンのお店では4万ドン前後(160円程度)
記憶では牛も鶏も値段は一緒。

日本では牛は鶏より高級食材。
故に牛は高くて当然という文化があるからですね。
とんかつ屋でヒレがロースより高いのと同じ。
実コストより顧客のイメージしている価値観を利用した
値付けは価格戦略上重要な手法ですね。


          


外の看板を見上げると、セブン&アイのロゴ。
そしてDenny`sとくればこの店も大手外食チェーンが仕掛けたもの。
きっとスパゲッティのようにベトナム料理のPhoを日本の麺文化に
加えようと事業展開をしたのではと推測してしまいました。


自分にとっては、200円程度がPhoの値頃観との思いがまだ残っていたようで
そこで食べようという気にはなりませんでした。

次回5番出口の階段を上る時は「730円、730円、730円ーーー」と自分に
言い聞かせ、お店のドアーを開けたいと思います。



 



2011年11月24日木曜日

75歳

 

黒川清さん、まるで免許証のような写真。
もっといい感じの写真を使えば良いのにね。

ある集いの基調講演で彼の話しを聞きました。
上着を脱ぎエネルギッシュな声で「海外に行こう!内向きでは駄目だ!」と
聴衆(大半が学生)に向かって叱咤激励している姿が印象的。
元気なオジサン、「オレより少し上?」と思っていました。

その彼が今回の原発事故を検証する国会の事故調査委員会の
委員長とはーーーー、喋りも歯に衣着せず、かつ明解。
彼の活躍に期待します。

    
*経歴は東大医学部卒。腎臓病の権威。
カリフォルニア大学教授。日本学術会議会長。
内閣特別顧問も歴任。




そして一番に驚いたことは、年齢が75歳。
“老い”をとても感じさせない人でした。

誕生日(64回目)の朝、
その見覚えある“元気な人”の顔を朝刊で見たのはきっと何かの暗示。
自分勝手な解釈でーーー

“ならば「オレも75歳まで」はという気分になってしまいました”

 



ところが、その翌日の夜のテレビのニュースで訃報がーーー。

「立川談志 、亡くなる」。

彼も75歳でした。

元気で活躍しようと思っても防ぎようのない病気もあるんですよね。
これもその人の人生なんでしょうね。


足腰の為にも、せめてウオーキング位はと思っていますが
寒さも増す今日この頃、継続できるか自信はありません。


皆さん、身体に良い事何かしていますか?

2011年11月15日火曜日

新幹線と深夜バス




日本の誇れる技術の代表格、新幹線で大阪へ。
“鉄ちゃん ”ではないので車両がXXX系とかは不明ですがパソコン用のコンセント
も座席にあったので新型タイプかも。

早朝7時前に品川駅で乗車、9時半過ぎには大阪(梅田)のホテルに着くのですか
ら早いですよね。その間、3時間。流石、新幹線!




しかし8月には7時間をかけて深夜高速バスで京都に行きました。

新宿の高層ビルの1階にある受付カウンターは空港並、ビックリ!
           
理由は、ベトナムではバックパッカーでバスの旅をしていたので、“日本でもすべし”
と考えたからです。が、そこには隠れた真実がーーーー、それは経済性です。
年金生活者は“Time is money"ではなく“I have much time”なのです。
時間をかけてもより安くがポリシー。


とは言っても最安値に挑戦する程の勇気はなく、安全性も考慮しやや高めの
値段設定をしているバス会社にしました。

  ・行きの深夜バスは寝やすいようにと3列のリクライニングシートを選択。
週末料金で7900円。

・帰りは昼の運行バスに挑戦。9時出発で19時着の10時間。
4列シートのTVモニター付きを選択。料金は4800円。

まるで飛行機のエコノミークラスの座席のようです。
           

東京大阪間は曜日によっては最安値は3000円程度があるようです。
また女性専用バスも運行しています。きっと平日の深夜バスには酔っぱ
らった出張帰りの男性客が多いからかもしれませんね。




今回の関西への旅は、奥さま同行。

「バスで行く?」と聞けば

「なら、私は行きません!」

と言うのが120%分かっていたので“バ ”の字も口にしませんでした。


新幹線の味を思い出すと次回のバスの旅には大きな覚悟と決断がーーー、
とは言っても、TPP参加程の大きな決断ではないですが。(笑い)

2011年11月1日火曜日

パンツを脱ぐ勇気


『パンツを脱ぐ勇気』児玉教仁著 (ダイヤモンド社)
副題として、世界一“熱い”ハーバード留学記。

著者は友人の元部下。10月初旬には朝日新聞紙上にもグローバルな
ビジネス・マンとしての紹介されていました。

  本は、熱い気持ちをもって過ごした(戦った)アメリカ留学体験を痛快なタッチで書
  かれたもの。高校卒業後アルバイトで留学資金を貯め、英語もおぼつかない状況
  でアメリカへ。努力の積み重ねで大学卒業。日本の総合商社に勤務。 

  その後MBA取得のためハーバード・ビジネススクールに。2年目の夏休みに目標
  としていた「何かで全米のナンバーワンになる」に挑戦。それがバファローウイング
  調理選手権大会のチャンピンになることでした。

     *バッファローウイングとは鳥の唐揚げに独特のチリソースをまぶした、ジャンク・フード。
      参加者は大観衆の前で独自に工夫したソースを使って調理し味を競うのです。




著者の児玉さんは、副題にもあるように“熱い”心の持ち主。その人がその
大会に臨む時、緊張の中からくる恐れやプライド等全てを脱ぎ捨てて開き
直り『素の自分」として立ち向かう時の気持ちを表現したのがタイトルの
「パンツを脱ぐ勇気」だったのです。

久し振りに読んだ元気の出る痛快なストーリーでした。
読後は考え方も前向きになったみたい。感化されやすい性格なんでしょうか。
もう一度青春時代をやり直したい気分になりました。






=配慮不足でした=

英語関係のお仕事をされているビジネス・ウーマンとの打ち合わせの席で
のこと。日本人の米国留学が減っている現状を話し、こんな元気な若者が
日本にもっといるようになればとの思いから、バッグから取り出してタイトル
を見せたのです。その時は会話に没頭、気にもとめませんでした。

しかし、帰路電車の中で本を取りだし表紙を改めて見ると、これは会議室で
女性に見せるのには相応しくないタイトルということに気が付いたのです。
時すでに遅しです。 幸いにその場にはもう一人男性がいましたし。もし女性と
二人での状況でこの「パンツを脱ぐ勇気」を見せたら問題ですよね。
 
その場にいた女性には後日お詫びのメールを送信させて頂きました。
------、ゴメンナサイ。







2011年10月26日水曜日

韓流恐るべし

前々回で新大久保通り周辺が韓流ブームの影響か軒並み
韓国料理屋となり、街の様変わりぶりに“驚愕”した事を書きました。
実はその韓流は隣駅の高田馬場にまで流れて来ていたのですね。

その事実を知ったのは昨晩でした。



           


高田馬場駅隣のBig Boxのロビーに投票箱がありました。
イケメン韓国人の店員を投票で選び、NO1を決めるのです。
若い女性がそれを囲むようにして「どの子にする?」なんて言っているんです。



日本人女性の若い人からそれなりに年を重ねた人までが
  どうしてそんなに韓国人男性に目を向けるのでしょうか?
  それは日本人男性には魅力がないということでしょうか?


草食系と言われても文句を言わずにいる男性陣
大いに怒れ!




どうする、ニッポン!

ガンバレ、ニッポン!

負けるなニッポン男子!

 

世の中「オレは日本人女性より、韓国人女性が好き」なんて
言っている男性もいるかもねーーーーーーー。

おあいこかな?

2011年10月22日土曜日

アジア人による日本語スピーチ

           


目を閉じるとスピーチはまるで“アナウンサー”が話しているように聞こえてきました。

ASEAN7カ国「日本語スピーチコンテスト優秀者」発表会。
  主催は日本在外企業協会。各国の大会で選ばれた優秀者が
  スポンサーの“ご褒美”として1週間日本に招待されるのです。

  この地道な活動は今年で26回目。継続は力なり。
これぞアジア諸国への草の根的支援事業と思った次第です


何故この会に足を運んだかと言うと、ベトナム代表となったヴィさん
(ホーチミン市師範大学学生)に教えていたのが私と同じ時期をサイゴン
で過ごし、その大学で日本語教師をしていた青年海外協力隊の
KYさんだったからです。

『今を生きる幸せ』---、このテーマで話をするヴィさん

優秀者に選ばれたヴィさんは、彼女の厳しい発音指導にも耐え
繰り返し練習をしたのでしょう。一方、教える側のKYさんも真剣に
向き合い指導した結果が日本人以上にキレイな日本語の発音での
スピーチになったと思います。


    *ベトナムに来るまでは日本語教師との接点もなく、それは安易な仕事と
     思っていたのは、誤解でした。とても根のいる仕事で奥が深いものと分
     かりました。 脱帽です。


各代表のスピーチが終わると、司会者が日本語で質問をしますが
それにも上手く答えるのです。大したものです。


KYさんの話によると、学生にはスピーチの全文を暗記させるとの事。
さらにスピーチ後の司会者からの質問にも対応できるように想定問答集
をつくり徹底的に覚えこませるんだそうです。その為か過去の代表者には
スピーチは日本人のように話せても、壇上を下りると日常会話に支障を
きたす人もいたようです。

 
             

しかし、今年はその心配は無用でした。
発表後の懇親会でも日本人学生と楽しげに話していました。



日本語を勉強をする多くの人が(除く中国人)漢字の難しさを訴えます。

しかしフィリピン代表のジャスティンさんは漢字を覚えるのが大好き。
テーマも『漢字オタク』。画数の多い「鬱」の文字を見せながら
これを覚える時は「憂鬱」でしたとユーモアを交えたスピーチには
聴衆全員爆笑。


           

また中国と日本の漢字の違いを『愛』を取り上げて説明をしました。
中国漢字ではカンムリの下の心の文字がなく、日本漢字には『心』が
入っていると説明。

彼は「だから日本が好きです」と言って、聴衆全員拍手。





このような会に出席すると、改めて知らされますね。
『語学は、努力をし頑張れば話せるようになる。』と。



でも、『努力』----、これの継続が難しいですよね。

2011年10月16日日曜日

ここは韓国?


土曜日の夕方5時半、新大久保の駅前は人、人、人ーーー、
久し振りに日本の元気を体感しました!

職安通り沿いに韓国焼き肉レストランがあるのは知っていましたが
韓流ドラマの影響もあるのか韓国料理の人気が高まったようで
今は新大久保駅から明治通りに方向に向けての大久保通り沿いは
まるでソウルの南大門、-----軒並み韓国料理屋でした。

パチンコ屋だったビルにも工事用の足場が組まれ、大きく
「近日、韓国料理店オープン」と書かれた看板がありました。ビックリです。





歩道には日本人女性の群が溢れんばかり。
皆さん、食事の前から顔の色艶もよく大きな声で喋りまくり、とても元気!
そんな人達が駅前の韓国食材店にもなだれ込むのですから狭い店内は
熱気と太めの体形で身動きできません。食材を買うのは諦めました。



ところで、何故新大久保へ行ったかと言うと、『屋台村』というタイ、ベトナム、
インド、韓国、マレーシア、中国、モンゴル等アジアの色んな国の料理を
一ヶ所で楽しめるレストランがあったからです。
HPには「10%割引クーポン持参すればーーー」とあり、仲間はそれを
プリントアウト、準備万端。しかし、行けばその屋台村も韓国料理屋になっていました。

アジア諸国連合の中でも勢いのある韓国が一人勝ちだったようです。
経済の勢いがレストランの生き残り戦争にも表れるのですね。
このままいけば欧米との自由貿易協定で先行する韓国が日本を打ち負かす
のは明らか。外国の5星ホテルの部屋のテレビもソニーや東芝から
薄型テレビに置き換える段階でサムソンに変更です。私が住んでいた
サイゴンの高級アパートも同様でした。それが今の世界の現実。

『頑張ろう、日本!』
新大久保を眺めることで、世界経済の動向も見えてきそうです。

新聞解説のような事はこの位にして、本題に戻ります。
そこで『屋台村』の代わりに見つけた店がクロサワ楽器本店近くの
Thai & Vietnam Cafe Restaurant『 ソムオー』でした。


店内に入ればアジア風インテリアで気分はタイ(否、ベトナム?)になります。
豊富なメニューからトムヤンクン、ソフト・シェルクラブのカレー卵炒め
タイ風焼きそば等9品程を頼み、 一人当たり2200円程。
大酒飲みはいませんでしたがーーー、安いです。

味もGood!



宴の後はーーーー、満足、満足、満足!

2011年10月1日土曜日

秋の大運動会


ピカピカの1年生、孫の徒競争応援に行ってきました。

孫は50m程の距離を激走ーー、
2着に見えたのですが、走り終えた本人に聞くと
「3着。1着の子、早いんだよーーー」(参考までに走者は7人)

爺:「新品の運動靴、チョト大きいんじゃなかった?」
婆:「そうね、 ピッタシ・サイズなら2着。それともーー」

この会話で爺婆は満足の表情になるんです。


娘家族は浦和(現さいたま市)に住んでいます。
新築のマンションも次々に建てられ、30代夫婦が多く
高齢化社会とは縁遠い地域です。
通っている小学校の生徒数も1000人超。
1年生は176人で5クラスとの事。



我々、団塊世代の小学校時代は教室も足りず
プレハブ教室で対応。今風に言えば“仮設教室”でしたね。
1クラス50人以上で10クラス(9クラスかな?)。
教室は立錐の余地もなく、最前列の左右の席は目の前が黒板。
気が付くとチョークの粉が机の上に。



恒例行事である小学校秋の運動会。

今、福島ではそれが屋外で出来ない状況。
その現実を思うとーーー、辛くなりますね。





2011年9月19日月曜日

代々木公園でのベトナムフェアー


代々木公園で毎年9月に開催されているベトナム・フェアー
に初めて足を運びました。と言って、一人ではつまらないので
仲間で楽しもうとサイゴン時代に一緒だった人達にも声を掛け
6名参加のミニ同窓会も併せて開催。

会場内には50軒以上のテントが張られ
ベトナム屋台村が出現、どの店にも列ができていました。
場内正面には大きなステージも設営され
ベトナム国旗をデザインしたT-シャツ姿のベトナム人歌手が
踊りを交えて歌っていました。

懐かしい旋律ですがーーー何か本場と違うのです。
 -----、それは音の響きでした。

ベトナムではスピーカーが壊れんばかり音で、
場外までそれが響き渡るのです。
もし代々木公園がサイゴンにあるとしたら
その音は原宿駅まで聞こえるような超大音響なのです。



フォー、バインセオ、バインミー等は500円。
バーバーバーのビールは400円。
味も良く、適当な値頃感でした。

*帰国直後は日本の物価感覚に戻ってなく
   ましてやベトナム・レストランの値段は現地の3-4倍。
   とても食べられませんでした。
   
有楽町ビル地下1階にある老舗ベトナムレストラン Saigon 
   
その習慣がまだ残っているようで先日も有楽町駅で
「ベトナム・カレーセット 840円」を見た時に悩みました。

急いでいたことを自分への言い訳にして、隣のマックで済ませました。

考えてみるとその1週間前、虎の門でのビジネスランチの
ベトナム・カレーは1000円でしたーーーーー。
それも軽く揚げた野菜がご飯の上に寂しげにのり
カレールーは別に運ばれてきました。

上の写真のカレーも虎ノ門のレストランのカレーも
似たようなモノはベトナムでは一度も見かけませんでし。

一体、ベトナム・カレー てどんなものなんでしょうかね?

2011年9月15日木曜日

ライブ・コンサート


ジャズのライブ・コンサートに行ってきました。
場所は40年以上も続いている知る人ぞ知るジャズ・レストラン
六本木俳優座の裏手にあるサテンドールです。

夕方の6時半過ぎ、店内に入るとほぼ満席。
サーと見渡すと60才超の方々が大半。
常連さんが多いのか、それぞれの“お仲間グループ”の
会話は盛り上がっていました。

我々も友人の席に合流、直ぐに会話の仲間入り。
同世代が多いのが初めての場所でも常連気分にさせてくれたようです。

ステージでは露払い的にトリオの演奏が始まりました。
先ずはピアノのソロから入り、ベース、ドラムと続いてーーー、
曲は、『Fly me to the moon』。
聞きなれたメロディーは、こちらの気分もリラックスさせてくれます。
 

そこで、黒いロングドレスの女性ボーカリストが登場。

ジョークを交えた絶妙なトークで聴衆を自分の世界に引き込んでいきます。
そして、ナット・キング・コールが歌った『Mona Lisa』をーーー
知っている曲故口ずさんでしまいました。

40年以上前の“青春”に逆戻り。
楽しませてもらいました。


実は、この女性ボーカリストは友人の奥様。
会話も楽しく、会えば気分を明るくしてくれる方です。

ジャズを習っているのは知っていました。
また、ライブ・コンサートで歌い始めたのも聞いていましたが
ここまで本格的に活動をしているとは思いませんでした。

 

人前で歌えたらーーー、と思いながらも
良いとこ、カラオケが我々の発表の場。
 

羨ましい限りです。
良い刺激を受けました。

2011年9月6日火曜日

スリム・ファッション

美容系、ファッション系、トレーニング系どのカテゴリーの雑誌にも
『腹回り』に関する特集があります。
これは、男女を問わずとても気になる部位なのですね。

最近テレビで目にしたのは“くびれ”のカリスマ女性インストラクター
そして呼吸法で体質・体型改善に成功した俳優の三木良介。
二人の理論の共通点は常に腹筋を意識して生活することのようです。


実はそれに対する良き対応策を見つけたのです。
それは、スリム・ウエアを身につけることです。


2日前、ユニクロでバーゲン品(3990円→1990円)の
スリム・フィット・レギュラー・ジーンズを衝動買い。
細身のデザインですが伸縮素材使用の為思いのほか楽。
流石ユニクロ!

左がスリム・フィットタイプ、右がダブダブタイプ(6年間使用)


家に戻り改めて穿いて鏡の前に立つと、
やけに腹回りのふくらみが目立つのです。
帰国し“自炊生活”から“賄いつき生活”にーーー、お腹にもゆとりがーーー、

それまではいていたGパンは6年以上はきこんだ超楽々タイプ。
そのダブダブ感が腹筋強化の意識を薄れさせていたのでしょう。

これではマズイと一念発起、
散歩の距離は800メートル程延長して4キロ程に。
夕御飯もお代りを控えて少なめに。
食後にはテレビを見ながらのストレッチと腹筋トレーニング。


今朝、起きて体型チェック。
効果の程が少しはあらわれたようなーーー、

腹の出っ張りが少し控えめに見えたのは気のせいでしょうか?

「病は気から」と言うことは、「気」で治せる事の裏返し。
腹筋も常に「気」に掛けることが必要と聞いた記憶も。


必ずやーーーーー、克服。


当面の目標は写真の如くーーーです。


「継続は力なり」を信じて腹筋トレーニングを。
でも「三日坊主」と言う言葉もありましたね。



世間に公言したのですから、せめて1週間は続けたいですね。(笑)

2011年8月21日日曜日

風よヴェトナム


タイトルで本を選んでしまいました。

      『風よ ヴェトナム』平岩弓枝著  新潮文庫

2年も住めばその国はすでに“都”。
図書館の本棚でその“都”がついたタイトルが
目に入るとつい手が伸びてしまいます。
また、新聞の隅っこにでも“都”の活字があれば見逃しません。



本の書き出しはロンドンの劇場街コベントガーデン近くの
ロイヤル、ドルリーレーン劇場で上演中のミュージカル『ミス・サイゴン』の
話から始まります。
   *実はその劇場の近くには私が以前働いていた会社の本部があり
    慣れ親しんだ地区。てな事で、初めて読む平岩作品は順調な滑り出し。

『ミス・サイゴン」はベトナム戦争時の恋愛悲劇の物語。
読み進むうちに本の舞台はロンドンからベトナムへーーーー。

照明デザイナーの主人公が初めて訪れたサイゴンで宿泊するのが
サイゴン川に面したマジェスティック・ホテル。
  
   *私のお気に入りのホテルのひとつ。
    訪ねてくれた多くの友人をその屋上のバーにも案内をしました。
    日本の占領時代は『ホテル日本』と呼ばれ
    ベトナム戦争時代には多くの従軍記者も宿泊。
    その中には開高健もいました。 
    そして何故か彼の写真がロビーに著名人宿泊客の一人としてあるのです。
    それも、カトリーヌ・ドヌーブの隣に浴衣姿の彼の写真が。

    許せません。(嫉妬心からですかねーー)


主人公はサイゴンの街中を仕事で移動。
ニューワールド・ホテル、ベンタン市場、レ・タントン通り
統一会堂と懐かしい名前が次々に出てきます。
その後も物語の展開はベトナム戦争やボート・ピープルにまで発展
ハノイ、フエ、ダナン、ホイアンとまるで観光案内、歴史案内の
ガイドブックの如く進んでいきます。

と言うことで、作者のベトナムへの思いが
作品に詰め込まれた気がします。
それは、まるでテレビ番組の“ご当地紹介”ドラマの如くです。

従って、ベトナムの旅を懐かしむ人にはお勧め出来ますが
それ以外の人はーーーーーー、恋愛モノがすきなら良いかも。



でも「あとがき」はお勧め。
書き手は井川一久(元朝日新聞ハノイ・サイゴン支局長)
70年代、90年代初頭に計7年間程をベトナムに派遣され取材活動。

2千年のベトナムの歴史を実に簡潔に纏めています。
流石に『朝日』の記者。否、読売も毎日も産経もどこの記者でも
この位は書けるのかもね。だってそれで給与をもらっているんだからね。

大学教授の講演などを聞いても「流石!」と思ってしまうことがあります。
でも、考えてみればそれは彼等の仕事。
30年も40年もタップリ時間を掛けて研究し
何100回も人前で話しているのだから、上手くなって当然ですね。


もし話が下手な教授ならーーーー?
それは、給料泥棒。

その人から教わる学生が気の毒ですね。






2011年8月9日火曜日

いただきモノ


横浜在住の同窓生T君からのいただきモノです。

45坪の菜園オーナ(車で20分程はかかるようです)。
農夫経験5年。(仕事は現役。時間管理が上手いのでしょう)

携帯メールには下記の言葉が書かれていました。
「命を育てて、命を食べて、癒されている」




宅急便の袋を開けた瞬間、
見事なジャガイモを見てーーー、メニュー決定!

メインがマッシュポテト
そして、付け合わせにステーキとサラダ。

          
T君、「美味しかったです。感謝。」

次のいただきモノ、楽しみにしています。





恥ずかしながら、我が家の超超ミニミニ菜園を紹介します。

キュウリです。
現在3本程がぶら下がっています。
今までの収穫数は4本。
この夏の目標は10本位ですかね。

          


唐辛子、鮮やかな赤色。
今は観賞用で楽しんでいます。

収獲本数予想30本

          



ブルーベリーは年により収獲量に差があります。
その原因は受粉時期にあることが分かりました。
今年はニュースでもハチが少なくなったと言っていたので
綿棒を使い手作業で実施。

すでに100個超はゲット。


手前に見えるイタリアンバジルは何時も虫食い状態。
困ったものです。

          


先週までの不順な天候も過ぎ去り
夏の暑さが戻ったら、庭に闖入者がーーー。

見るだけ。
食いしん坊ですがこれは食べません。
 
 



ミニ・ハーブコーナーには
イタリアン・パセリ、ミント、ローズマリー、レモンバームーーー、

我が家の犬はなぜかレモングラスが大好き。
1日一回は生カジリです。





小さなスペースですが、それなりに自然の営みに触れますね。

楽しいものです。



2011年8月8日月曜日

就活戦線


8月5日秋葉原駅前にあるUDX(イベントホール)の合同会社説明会に
行ってきました。目的は昨今の学生の就活状況把握のためです。

ところがこの説明会、来年3月に卒業する学生を対象にしたものでした。
就職確定組は65%程度で残りは今も就活中との事。
会場には40社程の企業がブースを持ち、来場者に説明をしていました。
場内は残念ながら熱気溢れると言えるほどの活気はなくーーーー、
学生の冷気(不安感)の方を強く感じてしまいました。


*経団連は平成25年3月卒業の学生から
   広報活動(会社説明会)は今年の12月から開始、
   選考活動(試験・面接)は来年4月と
   3月に「採用選考活動」の修正を行いとしました。

一方、3年生はもすでに就活準備開始。
インターシップとして企業研修に参加。夏休みが終われば
キャリア観セミナーさらに自己分析セミナーと続き
12月には会社説明会と就活本格スタートです。




我々、団塊世代はーーーーー、
学園紛争で大した勉強もせず卒業。
高度成長の波に乗り就職も苦労せずに実社会へ。
その後は企業戦士として日本経済の躍進に。

今の人達から見たら順風満帆の人生に見えるのかも。

何か、今の若者に出来ることがあればーーーー。

2011年7月28日木曜日

市民農園のその後



7月17日のブログに市民農園の事を紹介していますがーーーー、
その農園脇を昨日通ると張り紙が結わいつけてありました。




近くに寄ってみるとーーーーーーー

             

と、ありました。

区画農園主2名が早朝(または夜明け前から)から張り込みを続け
明け方5時過ぎドロボーが柵をよじ登りトマトを盗むところを捕まえ
警察に引き渡したと書いてありました。

張り紙には犯人が柵を乗り越えるところの様子が写真付きで解説。

勇敢の行為、立派です。
また写真を撮るとは余裕もありましたね。

暑い中、精魂詰めて作った作物を盗られるのは
生産者にとっては許しがたき行為でしょう。

撮影の後、トマトの出来具合を眺めると
赤みもちょうどいいあんばい。
ちょっと手を伸ばして失敬、ガッブとーーーーー。

とは流石にしませんでしたが、
味わいたい気分はドロボーと一緒でした。

実に見事な出来栄え!

オリーブオイルをたっぷり入れたフライパンに先ずは
みじんに切ったガーリック、うすく焦げ目がついたら
ベーコンにトマト、さらに仕上げにイタリアンバジルを入れて
ゆでたてパスタに絡めて食べたら‐‐ーボーノ!


ここでそのトマトを使いたいですね。

2011年7月25日月曜日

夏祭りとアロハ

”夏祭り”、お囃子の音を聞くと気分も盛り上がります。
志木駅前通り商店会主催の夏祭りに4年振りに行きました。


          
昨今はその筋の人の活躍の場が制限されたのでしょう
B級グルメや雑貨店等が並び、胡散臭い品物は排除って感じです。
ここにも消費者動向が反映しているんでしょうね。

そのせいか、食べ物屋の屋台も韓国に中国さらにインドに中東と 国際的。
値段は300円から500円が大半。

その中で佐世保バーガーだけ、1個千円。
市場調査不充分。
売れていませんでした。(当然!)







食べ物屋のテントに挟まれるように特設ステージ。
ハワイアンショーです。4年前にも見た記憶が。
演奏しているメンバーの平均年齢は60歳超?
懐かしきムームー姿の女性がウクレレを弾いていました。
          
ハワイアンを聞きながら何か違和感がーーーー?
この場はハワイアン同好の志に発表会も兼ねているようなのです。
まるで幼稚園のお遊戯会の如くです。前列には出演者の家族席が用意。
高齢者の方々が陣取っていました。


フィナーレは50名程のフラダンサーの競演。
この日の為にと練習を重ねてきたのでしょう、熱気は最高潮!
一生懸命頑張る女性は皆美しかったです。
この人達「なでしこフラダンサーズ」ですかね。



お疲れ様でした。


          


翌朝の朝日新聞。
アロハはクールビズのウエアとして適切?という特集でした。

   =「アロハの歴史」ウンチク=
*石原裕次郎の映画「太陽の季節」でアロハが登場。
そこから不良が着るというイメージが広がり始め
ついで東映ヤクザ映画で千葉真一が着てーーー、
さらに暴走族が着てーーーーー、アロハは日本では
反抗のシンボルとしてねじれて社会に容認された。
*ハワイでアロハが正装と認識されたのは1960年代。
     意外と遅かったんですね。

今一、職場では歓迎されないウエアのようです。
ところで私も一枚だけアロハシャツがあります。

久しぶりに袖を通すとーーーーー、
「何?---、怖そうなヒトみたいーーー」

女性はアロハに偏見があるようですね。

2011年7月17日日曜日

市民農園からベトナム経済事情へ


我が家から駅へ向かう途中に市民農園があります。
毎年春に(2年に一回かな?)抽選で希望者に5mX5m程の
畑が貸し与えられます。

 4月にはキレイに耕された畑に
一斉に夏野菜の植え付けが始まりました。
手入れ状況で区画担当生産者の性格が見えてきますね。
几帳面なタイプは雑草すら許しません。
一方「長期に旅行にでもお出掛け?」と思ってしまうほどの
自然維持派もいます。


上の写真の方はお会いしたことはありませんが、支えの棒や
ビニールシートの使い方から技術・知識共に高そうな方。
トマトもたわわに生っています。(7月16日撮影)
道沿いの区画担当に相応しい人です。




=我が家の野菜作り=

この写真の野菜作り担当者は、日頃から私がお世話になっている方。
花作りへの関心が高く、野菜の方は片手間。

はるか遠くには元気がなさそうに垂れ下がる、貴重なキュウリ一本。
手前には小粒のミニトマト。

でも『自家製野菜』は見てくれには関係なく美味しいものです。

 
  
=我が家の梅干し作り=

毎年、仙台にいる知人が数種類の異なる種類の梅を送ってくれます。
第一弾の梅は、梅干しと梅ジュースに。

2週間程瓶に漬け、昨日から梅の天日干しが始まりました。
3日間続けます。
好天続きの今年は梅干し作りには最適。


ザルが古くなっていたため、なんでも揃うダイソーへ。

写真左手の大きなザルをゲット。
当然100円で。
正札に目をやると生産国「ベトナム」。

一気にベトナム愛国モードとなる自分がそこにいました。

「作ったベトナム人は、いくらのお金をもらったんだろう?」

仮にーーーーーー、
売値         100円
ダイソー粗利     30円
管理・輸送費用   20円
ベトナム側業者   30円
竹の原価       10円
作り手の手間賃   10円?
なんて計算してみると、作り手の手間賃として
支払われる金額は10円か20円程度。

国民の月当たりの平均所得は100ドル程度。
山岳部の少数民族なら大半が自給自足。
月額50ドル程度が彼等の現金収入かもしれません。

もし少数民族の人たちがカゴ作りに関わったとしたら
1個10円でも、20個作れば1日200円。
月に25日働けば、5千円の現金収入。
充分な稼ぎになりますね。

*日本とベトナムの物価差は5倍程度。
少数民族の人たちから見れば10倍以上かも。
ですので5千円は5万円又はそれ以上の価値になります。

梅干し作りから思いはひろがり
日越経済・貿易事情まで発展してしまいました。






2011年7月16日土曜日

大学生事情

最近、学生と話す機会がよくあります。
若者との語らいは自分の気持ちも学生時代に
戻してくれるので,大好きです。

7月に入り2週続けて週末に代々木のオリンピックセンターへ通いました。
ここの施設を使って、インターシップ活動を推進するワールドワイドな
学生組織(アイセック)のイベントがあり、それにスピーカーとして
参加したからです。



施設内に入ったのは長年東京に住んでいて初めて。
流石、独立行政法人。立派な施設でした。


元々は、東京オリンピックの時の選手村。
     そしてその前は進駐軍の施設(ワシントン・ハイツ)のあった所。
      さらに大戦前は代々木練兵場でした。

     今の正式名称はーーーー、
        独立行政法人 国立青少年教育振興機構
       国立オリンピック記念青少年総合センター

     利用料金も青少年、教育関係者の場合
         1泊宿泊料金             1500円
         300人収容会議室(午後4時間)  8100円
          *一般が利用する場合の料金は倍額。
     ちなみにセンター棟にあるカフェレストランのランチは590円
     デザート、サラダ、ドリンクバー付き。超お得!



           
   

今回参加したのはJ大学委員会と
その翌週に開催のW大学委員会のイベント。

開催趣旨は共に夏の海外インターンシップ参加に向けての
研修性の“心の準備”を高めてもらうこと。

参加者は、途上国を中心にに自らのお金と時間を使って行くのです。
まさしく「金で買っても苦労はしろ!」の言葉通り。
よりよい経験になることを願っています。

ところで両大学とも参加者の割合をみると「女高男低」。
ここでも女性パワーの威力を感じます。
ベトナムから戻り“草食系男子”という言葉を耳にしましたが、
今回はそれを目にした感じでした。

頑張れ、男子学生!








R大学のアジアからの留学生には『異文化としての日本の実社会』
についての講座の一部で、話す機会をもらっています。

彼等は経済産業省が進める国家プロジェクト推進のための国費留学生。
その趣旨は、アジア諸国から優秀な学生を日本で受け入れ、
将来は両国の懸け橋となり貢献してもらうという“壮大な構想”によるもの。

従って、彼らは厳しい選抜試験を経て日本に来ているのでとても優秀。
勿論、全員日本語検定1級取得済み。

  この試験、日本人が受けても彼等の点数には及ばないでしょう。
  特に文法などは出来ないのでは。
  何故なら、日常の会話では文法は意識せずに話していますからね。

そしてこの夏前、彼等の多くはANA、ローソン、資生堂等の
一流企業に就職が決まっていました。

昨年12月授業を終え、帰宅のために車に乗り
ラジオのスイッチを入れるとーーー
「アジアからの留学生の就職活動は、
日本人学生の脅威。ますます日本人学生の
就活戦線が厳しくなってきます」
 とNHKのアナウンサーの声が流れてきました。

   *ベトナムから帰国後、日本の学生にも世界に
    もっと目を向けてもらいたいとの思いが強くなり
    それに関係した活動をしたいと考えていたにも関わらず
    留学生に教えるとは、まるで敵に塩を送るようなもの。

    自責の念に駆られる思いがしてしまいました。


そしてこの夏、その現実を目の当たりにしました。
彼等の多くはANA,ローソン、資生堂等の一流企業から
内定をもらっていたのです。

確かに彼ら留学生の顔を思い浮かべれば
半数以上は日本企業でも充分にやれる感じです。


頑張れ、日本の学生!








2011年7月6日水曜日

TOEIC効果?


4日の報道ステーションでリビアの内戦の現地取材を放送していました。
画面では、反政府派の若い兵士に日本人取材記者が質問。

「Do you afraid -------?]
“戦うのは怖くない”と聞いているのでしょうけどーー、何か馴染めない? 

学校では be動詞+afraid of と習ったぞと思いだし、電子辞書で確認。
その取材記者の文法は間違っていました。
これではTOEIC試験では、×。 

「Are you afraid -----?」が正解

とは言っても会話は通じる事が一番。
記者→通訳→兵士には問題なく伝わっていて
兵士は「No!」と答えていました。



何かに興味を持つと、やたらそれに関連した事が
気になりだす事はないですか?


=校正ミス=
若い頃海外旅行のパンフレットを作成していました。
一番気を使うのが文字のミス。
そうなると週刊誌、文庫本、新聞、文字全てが気になり
時に文字のミスを見つけると鬼の首をとったように
喜んだりしましたね。


=婚約破棄=
昔、婚約破棄した友人がいました。
彼曰く、電車に乗れば結婚式場の広告
本屋に行けば新婚旅行やウエディング・ドレスの本等
結婚に関する情報が巷にこんなにあるとは思わなかった。


=お墓の広告=
母が亡くなりお墓をどうしようという時期には
こんなに多かったと思うくらいに霊園の広告が目に入りました。
新聞の折り込み広告には連日霊園のがあったように感じるくらい。
それまでは、ほとんど見なかったような気がするのですが。

=癌=
兄が胃癌で余命数か月と宣告された時
やたら文芸春秋などの雑誌に癌に関する記事が
出ていたように感じました。



皆さんも思い出してみてください。

2011年7月1日金曜日

TOEIC奮闘記


「TOEIC、受けたら?」
「OK,申し込んでみるよ!」
同期の青年海外協力隊隊員からの誘いに
軽い気持ちで応じたのが全ての始まりでした。


早速、本屋さんに足を運び学生時代にお世話になった
『旺文社』の模擬試験集を購入。


大学受験時代の言葉『傾向と対策』を思い出し
懐かしさも加わり学生気分で試験準備開始。

この変わり身の早さには自分も驚くばかりです。

    *TOEICとは英語の資格試験。
     45分間のリスニングテストの後に休みなしで75分間の
     リーディングテスト。合計2時間。
     満点は990点。
一般的に730点以上なら海外に留学する資格を満たします。

*世界で500万人が受験。日本は171万人、お隣韓国が200万人。
人口差を考えると3倍以上の格差。韓国の英語熱の高さを感じます。
これが今の韓国経済のパワーの源泉かもしれませんね。
     アメリカで活躍するゴルフ選手もペラペラでしょうネ。

遼君もできますしね。
言葉ができず井の中の蛙だったのがジャンボ尾崎でしたね。


TOEICでも、「ガンバレ日本!」ですね。


受験の申し込みをインターネットで済ませると、試験の2週間前ほど前に
試験会場を明示した受験票が届きます。
そこには学習院と書いてありました。


試験日1週間前には地獄の特訓と決め込み模擬試験にチャレンジ。
でも、最初の5分程で集中力は極度に低下。
 頭とマークシートに書き込む指が連動しません。

   
          

当日、自信喪失気味で学習院の門をくぐり試験会場へ。
受験申込書の確認手続きを終えて教室内に入ると
指定された後ろから2列目の席にすわると人間観察開始。
前方は大半が学生風。軽くストレッチをする振りして腰を回して
後方確認ーーーー、年寄り見当たらず。

その教室(受験生約150人)では最高年齢者だったと思います。

左の隣の小太りな女学生は机にうつ伏せ、リラックス状態。
(余裕で眠っていたのかもしれません)

通路を挟んだ席のスリムな男子学生は、座ると同時に
解答用紙に受検番号等の必要事項を書き込み始め
その後は専門書を取り出し読み始めました。
とても優秀そう。

席の前は、薄い頭髪に汗が光る熱量のありそうなお兄さん。
胡坐をかいて「やるぞ!」という態度がアリアリです。

試験官の声で開始が知らされ、スピーカーから英語が流れてきます。
しかし、同時に左隣りの男子学生の鉛筆の音も聞こえてくるのです。
「マズイ!」と左手で耳を塞いだら次の英語の出だしの音声が聞き取れず、
右にやや首を傾け女学生の動きを一瞥するとーーー静止状態。
「聞き取れないのかな?」と心配に。

どうして回りが気になるんでしょうね。困った性格です。
そんな事をしているために集中力はだんだん弱く。
でも、その間に問題は進み45分間終了。
ただちにページをめくりリーディングテストへ。

*『傾向と対策集』には、聞き取れない場合は何でも良いので
マークシートに記入。次の問題の音声に集中と書いてあります。
それを思い出し、やったのですがーーーーーー。
そのケースが多すぎたかも。

次の75分間もアッと言う間に過ぎ、感情ない試験官の終了の声が
場内に響き終了。。





試験を終え、学習院を門を出る時には疲労感タップリ。
ただ座り、最小限の指の動きでマークシートに記入しただけなのに 何なんでしょう、この疲れ。


知識もさることながら、TOEICには体力求めれるようです。


最初にして、最後のTOEICの試験挑戦。
受験料5565円以上の楽しみを味わいました。

声をかけてくれた仲間に感謝。





2011年6月30日木曜日

目白散歩

『目白』の地名から思い浮かぶのは、
閑静な住宅地、学習院、目白御殿(田中角栄さんのご自宅)
日本女子大等々---、良いところばかり。

      
 
しかしその目白駅を両側で支えている駅が池袋と高田馬場。 

      清楚な目白のお嬢様を、汗臭くあか抜けない若者が
    実らぬ恋と知りながらも“この熱い思いを”伝えたいーーー、
    てな昔の青春映画を想像するのは、私だけ?


先日、ひょんなことから学生時代の仲間6名が集合。
“地井散歩”の如く目白散策を楽しみました。
ガイド役は目白を自分の庭と思っている江古田の住人と
大泉学園に住む散策マニアの二人。

目白通りを一本奥に入れば、まさしく閑静な住宅街。
そこには洒落た佇まいのフランス料理やイタリア料理の
レストラン、そして高級ブティックもーーーー。
一見さんでは敷居が高く、ドアを開ける前に
先ずは『要確認財布中身』。

これが“目白の品格”なんでしょうか。


散策マニア曰く、「この地は、徳川家ゆかりの場所」。
確かに表札に『徳川』と書かれた家がありました。

        

今、その界隈は『Tokugawa Village』と表示され
一戸建ての高級分譲(賃貸?)の建物が50棟ほどありました。
各敷地が300坪以上。
 
徳川の表札のお宅は1000坪、いや2000坪ーーー?
背丈を超える塀で囲まれ庭を眺めることはできませんでした。


そのVillageには外人も多く住んでいました。表札でわかるのです。
そのためかゴミ箱や街路樹の表示も英語。

  桜の木には何故か英語のみで注意書き。
  If you will peal the skin、the tree will be dead.

これは英語が分かる人に向けてのもの。
日本人の子はそんな悪さはしないということなんでしょうかね。
             これ何だかわかりますか?
            一軒一軒の名札がついたゴミ箱です。




散策の最後は江古田の住人お勧めの駅近くの甘味処へ。

和菓子屋さん『志むら』で“甘さ”を堪能。

         


白玉クリームあんみつを頂きました。
黒蜜の濃い甘さが寒天や白玉で適度に和らげられ
絶妙の味になって舌の上に乗るのです。

お値段も900円。満足、満足!

        

同じもモノを銀座の鹿の子で食べたら
「倍はする」との甘味専門家の解説あり。

ちなみにこの店、皇族の方々もお見えになるようです。


東急沿線の二子玉川や多摩プラーザの新興高級住宅街も
いいですが、やはり江戸時代から続くところにはかないませんね。
文化や格式には“時の流れ”による熟成が必要。


我々団塊世代も、人生の熟成期。
と言って、熟成度を一気に上げたら枯れる怖れあり。

注意しましょう、同世代諸君!




=目白散策、参考資料=
ネットで調べた目白の由来。
書かれたのは徳川家の末裔の方でした。

目 白不動堂は真言宗新義派に属し、寺号を東豊111新長谷寺と称した。開基年代は明らかではないが、不動本尊は、弘法大師によって出羽湯殿山荒沢の滝に造ら れた二仏の-躯であると伝えられる。その不動堂は元和四年(1618)大和の長谷寺妙音院僧正によって中興されたが、中興十数年の寛永年中、徳川家三代将 軍家光が鷹狩の帰りに新長谷寺へ参詣、その時、城南の目黒不動堂に対して、これを「目白」と呼ぶべしとお沙汰があった。つまりそれまでの新長谷寺は、将軍 じきじきのお声がかりで目白不動と改称されたわけであるが、それは今から三百三十年ほど昔のことである。