2010年12月29日水曜日

優秀な留学生!



 『異文化コミュニケーション』をテーマに
アジアからの留学生に話す機会がありました。





 留学生はシンガポール・モンゴル・ベトナム・マレーシア
タイ・中国からで、とても優秀。
皆、日本語検定1級合格者の国費留学生。
R大学の3年に編入し日本人学生と一緒のクラスで勉強するのです。

授業で日本で導入が検討されている休暇分散化について
意見を求めると、ある留学生はーーーーー、

  「休暇分散化を導入する前に有給休暇を取れる環境にすべき。
  それが出来ないからと分散化するのは、本末転倒。」

と、四文字熟語を使って自分の意見を述べたのです。
脱帽です!

その日の夜のNHKのニュースでは次のように言っていました。

  “就職戦線に変化。
  日本企業で優秀な留学生を求め始めた事で
  日本人学生の就職がますます厳しくなる”




=個人的見解として=

 なんでも横並びというか同じでないと落ち着かない日本人。
 先ずは、そこから抜け出さなくては国際競争にも勝てません。

 と言うことであの個性を包み込んでしまう、
 リクルート・ルックの着用を止める事を提案したいですね。
 また、採用側の大手人気企業は率先して個性を見たいことを強調し
 リクルート・ルックは応募者にとっては”負の印象”を与えると
 メディアに発表してはどうでしょう。
 
 一気に就職戦線に派手さも戻るのでは。
 あの上下のモノトーンのスーツは
 葬儀場周辺で見かける洋服となんら変わらないと
 感じるのは私だけでしょうか?








2010年12月26日日曜日

学生時代の仲間との帰国歓迎会(高山編)

大広間での夕食会。田舎料理満載
=2ヶ月程遅れてのブログとなります。 =

ここは飛騨高山にある、あぶらむの里。

*「あぶらむの里」で検索すると出てきます。
    友人がその地に民家を移築し宿泊施設もを
    兼ね備えた野外教育の場を築き活動しているのです。

 毎年秋に学生時代の仲間の5組夫婦がここに『集う』のです。
 10数年続いています。
 毎回、仲間の仲間も加わるので総勢は20名を超す時も。
 今年は私の帰国に合わせてくれたので10月末の集いとなりました。
 お陰で飛騨の山並みの紅葉も楽しむ事が出来ました。



あぶらむの里の母屋から眺める風景

           
食事の後は恒例のバカ騒ぎとなります。
    *あぶらむは山に囲まれ周辺の隣家までも
     500m以上は離れているでしょうね。
     どんなに騒いでも近所迷惑にはならないのです。


仲間の一人は徳島出身、酔いに任せて阿波踊り。
あぶらむの主は高校時代ブラスバンド部
トランペットで『昴』-----、
高山在住の元呉服屋の旦那さんは、謡。

サイゴンでギターに芽生えた私は恥ずかしさもなく
オールデエイズをーーーー、




この宴会も50代前半までは真夜中まで続きましたが
年々お開きの時間は早まり、今年は10時頃には寝始める者も出てきました。
これって老けていく証ですよねーーーー、イヤですね。

45年前に知り合った頃には想像も出来なかった45年後のバカ騒ぎ。
きっと来年も新たな出し物でバカ騒ぎとなるんでしょうね。
楽しみです。

続けられるだけ、続けたいですね。

2010年12月25日土曜日

我家のヒーロー!

 我家の小太郎です。

* イングリシュ・コッカー・スパニエル 15歳
      毛は本来長め。でもそれだと家の中が
      抜けた毛で掃除しても掃除してもーーー、
      キレイにならないからと、先週超短髪にカットされました。

人が訪ねてくると嬉しさが増幅、まるで威嚇し噛みつくような歓迎ぶり。
その為、孫が来る時は毎回ペット・ホテル行きとなっていました。

でも先月、試しに上の孫が来た時に一緒に 庭で遊ばせると
思いのほか仲良くしお利口にしていました。

犬でも人間でも“やれば出来るんです”ね。





 23日は娘夫婦や息子にそのガール・フレンドが我家に集い
久し振りのクリスマス食事会となりました。

でも、当日の主役は一年前に産まれた2番目の孫。
漸く歩き始めました。“歩ける”事が嬉しいようで
バランスを失って尻もちをついても、また立ちあがり
歩き始めるのです。

この先の人生も“七転び八起き”の強い意思でーーー、
そこまで期待するのはまだ早いですね。(笑)






 ところで、これはイジメではありません。

加齢臭は犬にもあるようです。
口臭対策を兼ねて歯磨きです。
青いケースの先にブラシがついているのです。




と言うことで
我家のヒーロー達を紹介しました。

2010年12月23日木曜日

電車でのアナウンス

電車に乗ると馬鹿丁寧な車掌のアナウンスを聞く事はないですか?



=東京メトロで聞いたアナウンス、その1=

夕方のラッシュ時有楽町線池袋駅に電車が近づくとーーー、

「間もなく池袋駅に到着しましす。
     池袋駅で下車される乗客の皆様
     本日はお仕事お疲れ様でした。
     お気をつけてお帰りください。」


=東京メトロで聞いたアナウンス、その2=

副都市線で新宿3丁目を出発するとーーー、

「東京メトロでは危険物の持ち込みをお断りしています。
     不審物を見かけた方は乗務員・駅係員にお申し出願います

共に草食系と感じさせる優しげな声。



ちょっと感じたんですがーーー。

その1:降りる何名かの乗客が気がついたようで
「親切な車掌さんだねーーー」と仲間に言っていました。
マニュアルには書かれて無いと思います。
車掌さんの人柄が出たのかもしれませんね。
Good!

その2:優しすぎる車掌さんですね。
危険物の持ち込みは“お断り”するものではなく
“禁止”されているものでしょう。

ここは毅然とした声で言ってほしかったですね。

2010年12月22日水曜日

就活、それとも職活?

新卒には就活かもしれませんが、60才を過ぎた者には
それまでの仕事で培った職の経験を活かすと言う意味でも
職活の方が的を得た表現と思うのですが。
どう思いますか、皆さんは。

でその職活ですが、新卒者に負けない位に精力的に
仕事を探さなくては就けないと考え、帰国の翌日から
行動開始したんですがーーー、
ベトナムいる間に連絡を取り合っていた会社は
先方の事業活動の方針変更で、私のようなタイプの人は不要。
「ハズレ!」

そんななか、帰国挨拶兼ね知人と連絡を取っていたら
会社のアドバイザーと講師の仕事(共に非常勤)の話がーーー、
勿論、「よろしくお願いします」の二つ返事でそれぞれに
お世話になることになったのです。

と言う事で、帰国後一ヶ月もしないうちに活動開始。


ブログも2ヶ月程お休みしていましたが、
タイトルも一部変更してまた書き始める事にしました。

   *旧タイトルに7文字程追加
    『ベトナム食日記からニッポン食日記』
    変わり映えしないタイトルと、バカにしないでくださいね


ベトナム生活で培った感性で
“見たモノ、触れたモノ、感じたモノ”を書いて
先ずは、イチロー同様にブログ200本達成を目標にします。
残り9本、頑張ります。

2010年10月26日火曜日

ベトナム料理 in Ginza

なんと、一時間駐車したら1500円!

ここは銀座4丁目の近く.
左に見える白いビルはルイ・ヴィトン銀座店。


10月中旬、ベトナムを訪ねてくれた仲間が帰国歓迎会を
銀座7丁目のベトナム料理店『チョウ・ベトナム』で開いてくれました。

  *チョウとはベトナム語で市場。    
ですので店名は『ベトナム市場』となるわけですね。
  サイゴンの有名観光スポットのベンタン・マーケットへは
  ブログ読者の訪問客は必ず案内しました。

その際タクシー運転手に
「チョウ・ベンタン」と
繰り返し発音していたのを憶えていますか?
  ボクの発音では一回で通じないのです。(笑)
  



店内は高級フランスレストランという佇まい。
流石、銀座、でもお値段高そうーーーー!


  ベトナムビールの333(バー、バー、バー) 630円 
           *現地価格 安くて50円、高くても150円程度。

  バインセオ(ベトナム風お好み焼き)    1890円
           *現地価格 150円程度

  生春巻き                    1260円
           *10cm程度のを3等分してもらいました。
            現地価格ーー、言えません。


少量のベトナム料理でも充分に満腹感を味わえました。
我々3人の胃袋はスゴイ経済的対応能力があるんですね。(笑)


このレストランでサイゴンで行ったシーフード・レストランでの
同量の飲食をこの3人でしたら、-------、

  きっと支払い金額は一人2万円超に?



エスニック料理は銀座より新大久保辺りの方がいいかもね。
別の友人達と近々、その周辺探索予定です。






  

2010年10月22日金曜日

さて、これからーーーー、

山手線車内で、パチリ!

この募集広告を見て
3年前、応募の頃の事を懐かしく思いだしました。



2007年1月に退職。先ずはひと休み。

そして、4月頃から”何かをしなくては”と考え始めた時に
漠然と浮かんだものがJICAのシニア・ボランティア。

早速、情報収集の為と広尾のJICA事務所に訪問。
  *この建物は事業仕分けで問題とされたところのようです。

予想外の説明は健康状態の審査が厳しい事でした。
その理由は、派遣される低開発国の医療事情は一般的に悪く
それ故、健康診断の数値が基準値内に収まっているなど
厳しくならざるを得ないと言うもの。

その頃、血圧降下剤や空腹時血糖値を押さえる薬を服用。
60歳以上の人で数値に問題ない人等いないと思うものの
このままではノーチャンスと先ずは健康管理をすることから開始。

そしてーーーー、

  11月に応募書類提出。書類審査通過。
   *これは提出した健康診断が問題なかったと言う事。(感激!)

  12月下旬、面接・筆記試験。

  2008年1月下旬合格通知を受け取る。

  7月から65日間の合宿形式の派遣前訓練を受ける。
   *青年海外協力隊と一緒に過ごしたことは予想外の効果。
    まるで学生時代に戻った気分。
    忘れていた青春』を取り戻したのです。


  2008年9月任国派遣
 
  2010年9月任期満了。帰国。



   
過ぎてしまえば本当にアッと言う間の2年、
いや準備段階から考えれば3年近く。

  この期間で経験したことはーーーPriceless



さて、これからどうする!

『就活』というより『職活』かな。
自分の経験が活かせるものがあればいいのですが。

どうやったら見つかるかな?








2010年10月18日月曜日

原宿へ

帰国日の翌日、所用で2年ぶりに原宿へ行きました。
歩く人は超ファッショナブル!

さっそくコスプレ嬢にも遭遇。



気分は日本に訪れた外人旅行者みたいーーー?





表参道と明治通りの交差するところにあるビルの前は
外人旅行者向けお土産用に古着の羽織や帯が売られてました。
千円程度から買える値段設定は、実に巧み。

  *10ドル程度なら外人も安く感じますからね。



アポまで時間に余裕もあったので
表参道沿いのカフェのメニューを眺めた時
予想外の動きが頭の中でありました。

なんとコーヒー代を瞬時にべトナム通貨に換算し
値頃感を計ってたのです。
思わぬ行為に苦笑してしまいました。

   *コーヒーの値段が850円。ベトナム通貨で約18ドン。
    こんな値段のコーヒーはベトナムでは存在しませんからね。



運よく古着屋に並んで
テイクアウトも出来るカフェ・スタンドを見つけました。



カフェ・ラテで330円(ベトナム通貨で約7万ドン)。
これならとーーー、乾いたノドをうるおしました。



自分の国に戻ったとは言え、ベトナム通貨のドンに置き換えれば
すべてが高く感じてしまいます。

この精神、”節約”には向いているのでしょうが
考え過ぎると電車にも乗る事が出来なくなりますね。


  *我家のある駅から池袋までの約20キロの電車料金が300円。
   サイゴンから高原避暑地と呼ばれているダラットまでの
   約300キロがバスで500円。



   

2010年10月12日火曜日

冷え対策。

”湯船にゆっくり浸かり、疲れを癒すーーー”
そんなことベトナムにいる2年間、一度もありませんでした。

  「アパートには、お風呂なかったの?」

とんでもない、立派なバスタブがメインの寝室と
さらに来客客用の部屋にもありましたよ。

  「じゃー、何で入らなかったの?」


湯船にお湯を貯めるのに時間がかかる。
数分の洗いで水を流すのがモッタイナイ、等々。
早い話が、面倒くさかったのでしょう。




それが帰国してからは毎晩ゆっくりと湯船に浸かっているです。

「何で?」

痛めた肩の回復にはお風呂が良いと
帰国前に協力隊の作業療法士から勧められたのです。
それは身体の冷えも回復の遅れに関係しているかもとの事。

  *一年ほど前に肉体改造と意気込、ベンチプレスに挑戦。
   その結果右肩の筋肉を痛め、肩が思うように上がらなくなりました。

   この種の回復の妨げになるのが”冷え”。
   日に5-6時間はいる事務所の私の席はエアコンの吹き出し口の
   斜め前。じわじわと冷えていたのかもしれませんね。

ですので、帰国後は毎晩湯船に浸かり
朝食時には、冷えに効果があると言われている
ショウガを下ろした自家製ジンジャー・ティーを飲むことにしました。

20日程が過ぎ、冷えも治まってきた感じもしますがーーーーー。
でも、この冬はついに”モモヒキ”のお世話になるのかも。

こんな感じで”老年”になっていくのでしょうか?



  

   

2010年10月11日月曜日

危険な階段?

ハノイにあるハノイ・ホテル。
チョットふざけた感じのするホテル名にも感じますがーーーーー。

   東京にある、東京ホテル
   千葉にある、千葉ホテル
   京都にある、京都ホテル
  
   さらに海外に飛んで
   カリフォルニアにある、ホテル・カリフォルニア?
   ーーーー、これは歌のタイトルですね。(笑)

ホテル名はともかくこの4星ホテルにハノイでは宿泊。
驚いたのはエレベーター脇にあった4段ほどの階段。



  もともとべトナムの階段は不親切に出来ています。
  利用者の事はほとんど考えていないのでしょう。

  段差が一定でないのは当たり前。
  その段差も「ヨイショ」と掛け声をかけて登る高いものや
  ステップの幅が狭く降りるときに苦労するのは日常です。




この階段、上から見ると各ステップの境目が分かりません。

  私のように遠近両用メガネを掛けている人は
  特に降りるときに注意をしないといけません。
  そのような者にとって、太い黒帯状の3本線は
  危険極まりない柄。

どういう”センス”が働くとこんなものが出来るのでしょうか?




一方、下の写真は東京の地下鉄神宮前駅の階段。


日本の階段は親切に出来ていますよね。

各ステップの縁にはクッキリ判別しやすい黒の横線が入り
段差も20cm程とお年寄りにも優しくーーーー。

階段を登っている人の様子も撮ろうと見上げると、女子校生が
後ろに手を回しミニスカートの縁を押さえる仕草ーーー。
ここで「ハッ」と思いパチリを止めたのです。

うっかり撮影したら植草教授と同じと思われ逮捕。
今の検察なら間違いなく控訴、そして有罪となりますね。




「オー、怖!」

2010年10月5日火曜日

建築現場

サイゴンの街には新しい建物が雨後のタケノコの如く次々と完成。
一晩にして建物周辺の景観も変わるのです。
それもベトナム・マジックとも思えるかなり粗っぽい突貫工事で
仕上げ、間に合わせるのです。



下の写真は私のアパートの斜前の12階建てビルの建築現場。


作業員に注目!
足元を見るとサンダルです。



瓦礫を地面に押しつける作業もサンダル履き。
はねた破片が足の甲にあたったのか機械をちょっとの間止めて
軍手をした手で軽く払い、気にする様子もなく再度スイッチ・オン。





頭には日よけ用帽子は被っても、誰もヘルメットは着用していません。
この国の安全基準はどうなっているのでしょうかね。

  *鹿島建設の関係者に聞いたら、彼らが受注した仕事では
   安全管理も厳しくしているとの事。きっとその分費用は高くなるのでしょうが。





資材の納入風景ものどかですね。
銅材をシクロで運んでいます。勿論、サンダル履き。

  *ベトコンもトラックのタイヤをサンダルサイズにカットし
    戦闘靴として使っていたのですから
    サンダルはベトナム人にとっては国民的履物なんでしょうね。




瓦礫を手動の機械で地面に馴染ませ、砂を入れ、コンクリートで固め
そしてタイルを引き始めました。そこまでの工程は10日前後で終了。
早過ぎませんか?




と言う事で、この種の突貫工事は後になって問題がーーーー。



ハノイの中心街ダエウー・ビジネス・センターのロビーに向かう歩道です。
何でこんなに型崩れしているのでしょかね。

きっと、ここもベトナム式突貫工事で仕上げたのでしょう。

この国の人は、先ずは完成することにポイントを置き
問題あれば改修工事で対応と考えるのでしょうね。

  *ODA関係者のコメント。

      日本が関係したODAによる工事で完成後に問題があると
      自分達の工事の仕上げ振りを棚に上げ、とても強く
      クレームしてくるのだそうです。

      実際の作業はサンダル履きの作業員が行うのですから
      工程チェックを相当厳しくしないと、防ぎようがないかも。


この国は地震がないとの信じ込みで
多少粗っぽい仕上げでも「良いかな」と思っていたら
、とんでもない。
5-6年前には震度3程度の揺れがサイゴンにあったとの事。

もし、震度5程度の揺れがあったらどうなるんでしょう。






2010年9月29日水曜日

帰国

2010年9月24日6時55分、ハノイからの便は成田空港に着陸。
2年の任期を無事終えました。




同期隊員と一緒の帰国。
若い女性隊員は荷物の山、山、山。
と言っている私もギターケースが増えたりで、
2年もいるとそれなりに荷物も増えるのですね。




そしてリムジンバスで家路に。
日本の道路はベトナムのそれと比較すると本当にキレイ。

ブログも帰国準備や到着時の雑用で
ご無沙汰してしまいました。

帰国後も暫くは、ベトナム題材の書き残しや
日本再発見も含めて書く予定にしています。

お付き合いの程、よろしくお願いします。

2010年9月11日土曜日

送別会

「それでは20年度2次隊の送別会を始めます」と、
司会者Mさんのよく通る声がレストラン内に響きました。


2008年9月25日ベトナムに着任。
そして丸2年後となる今月24日に日本へ帰国。

アッと言う間の2年ーーーー、でした。

2年前に着任した時の歓迎会の開催場所を
送別会の会場にと幹事お願いしたのです。

マラソンで言えば、そこはスタート地点であり
ゴール地点にもなるからです。

こんな発想って、まだ”青春”していますかね?


  *ところでJICAのボランティアは
   JOCV(青年海外協力隊)とSV(シニア・ボランティア)があります。
   同期12名の内、その各1名がサイゴンに配属されました。
   
   2人の年齢差は35才。
   相棒のK君と一緒にいると、
   大半の他人は親子と思っていたようです。

   でも、本人達は兄弟感覚で行動を共にしていました。
   これって、私の勝手な思い込みかな?
   
   ともかく、K君にはこの期間をお付き合い頂き
   感謝です。   

   
   
その2年間を振り返るとーーー、

  活動面での苦労はなく、生活面の環境にも恵まれていました。
  そのせいでしょうか、いくつか問題視されていた数値も改善。
  まるで健康管理・体力回復(向上かな?)の為の
  2年間でもあったように感じてしまいます。

  また、多くの友人(数えると60名以上の人が)が
  日本やオーストラリアからサイゴンの地を訪ねて来てくれました。

  これも大いに感謝です。

楽しい思い出しか浮かばないというのは、能天気なのでしょうかね。



と、言いながらも宴の後を眺めると
この地で出会った仲間との別れを感じ、寂しさも湧いてきます。


そんな時は、普段思い浮かばないことが頭をよぎります。
きっと、寂しさが脳の眠っている記憶部分を起こすのでしょうね。

『会うは、別れの始めとはーー』
の歌詞が何故か浮かび口ずさむのでした。

家に戻りネットで、別れに関する歌詞を調べ始めると
こんな歌詞もあると書かれていました。

 『さよならは別れの言葉じゃなくて
 再び出会うまでの遠い約束ーーー』

これも”青春って”感じで、良いななんて思い、
次をクリックすると、さらにこんなモノが画面に登場。

  『会うは、別れの始めなり』と言われ別離の苦しさや
  辛さばかりを恐れていましたが、今はお浄土で
  再会できる事を楽しみに生きていく事にーー、

と、読んだところでネット検索終了。

このような”悟の境地”になるには、まだ早過ぎますよね。(笑)







    

2010年9月9日木曜日

建国記念日(9月2日)


1945年9月2日、ベトナム民主共和国樹立。
初代大統領にホ‐チミン就任。

ですのでこの日は国民の祝日。
市民劇場(フランス統治時代のオペラ座)も、ホーおじさん一色です。

=歴史のおさらいです=
65年前の8月、日本は終戦(敗戦)を迎えました。
そして、9月2日に降伏文書に署名
第二次世界大戦は終了。
ベトナムは元々フランス統治下でしたが、大東亜共栄圏構想の下
日本が1941年ころから進駐(占領)。

ですので日本の敗戦は、ホーおじさんにとって
新政府樹立は絶好の
タイミングだったのです。

しかし、その後もフランスとの間で独立戦争(1946-54年)が続き

それに勝利した後は、アメリカを後ろ盾にできた南ベトナム政府との 紛争。
それがベトナム戦争に拡大。

その南ベトナムを解放したのが1975年4月30日(この日も祝日)


 *日本が占領していたことが活字になることは
  他のアジアの国と比較すると少ない感じがします。

  訪ねて来た友人とマジェスティック・ホテルに行くと、必ず
  エレベーター脇にある当時のホテルの写真を見せます。
  ホテルの正面の看板には
『ホテル日本』と書かれています。






建国記念日を祝う昼食会が前日に事務所でありました。
食事前に会議室に集まり、先ずは挨拶。

  *ベトナム語ですので、当然何を話しているか分かりません。
   日本に占領されていたという話題なかったようで、ひと安心。
   何故なら、それに触れたら後ろの席にいる私の方を
   皆が振り向くはずですからね。




そして先ずは皆で歌い気分を盛り上げ、テーブルに向かうのです。
勿論”躍進するベトナム”ってな感じの歌でした。




会議室の脇の通路にテーブルが並びます。
見るからに祝賀行事と言う感じでしょう。


普段はバイクの駐車場になっている中庭が、調理場に変身。


ケータリングを担当しているのはちゃんとしたレストランのはずですが
オバサンの調理する格好を見ると、路上の屋台の人が集まって
きた感じもしてしまいますね。





「モッ・ハイ・バー、ヨッ!」 (1・2・3、乾杯!)
の掛け声が廊下に響き渡ります。





女性群、なんで最初に”ゆで卵”を食べているの?


「ゆで卵とは違う。何、これ?」
「これが、ホビロン」



アヒルの卵の半分孵化したものなのです。



ベトナムに滞在中、こちらの名物料理で食べてないのがふたつ。
それが”犬鍋”と”ホビロン”。

食べた人に聞くと、卵味(当たり前ですよね)でーーーと言いますが。
美味しいと言うよりも、滋養効果があるので皆が食べるんでしょうね。





2010年9月4日土曜日

友遠方より来るシリーズ(変身願望)



「アオザイを着て写真撮りたいの!」


滞在中、観たい、食べたい、やりたいの希望を聞いたら
最初に出てきたリクエストがこれでした。

 *確かにHISのツアーで申し込むと日程に
  ”アオザイを着て写真が撮れます”が組み込まれています。
  きっと女性は”1度は着てみたい”という気持ちがあるんでしょうね。

2日目の2時半に予約。
スタジオへ行くとそこには100着は悠に超すアオザイがありました。



友人は早速好みのアオザイ探し、そして仲間とーーーー


  「これどう、派手かしら?」
  「そうね、いいんじゃないーーー」

  「これは?」
  「スケスケ、水商売系みたいよ」

こんな会話を楽しめるのも料金の内かもしれませんね。




私は壁の写真を指差し、
「ベトナム風な派手めの化粧でお願いしいます」
と係の人に伝えCafeで待つことにしました。


壁の写真を眺めると、叶姉妹オンパレードていう感じでしょう。

こちらは、いざとなると恥も外聞もない位の厚化粧となります。
結婚式にも参加しましたが、あまりの化粧の濃さに花嫁さんが別人に見え
他人の式で食事をしている気分になりそうでしたからね。(笑)



2時間程してスタジオに戻るとまだ撮影中。
さらに待つこと30分。

変身美女2名登場!
超ド派手なアオザイを身にまとい、
3cmはあろうかと思う”つけまつげ”をひっつけ、
体型ピッたしのアオザイは、ピンで脇が止められていました。
  *2人は細身。太めの人ならピンは不要なんでしょうね。
   それともゴムでも使って引き伸ばすのでしょうかね



登場した本人たちの開口一番は、
「オカマ・バーみたいでしょう?」でした。

そんな言葉を発しながらも外でも写真を撮りたいと
言うのですから、女性心理は分からないですね。

表に出れば、路上駐車のVespaのハンドルに手を置き
恥じらいもなく、「ハイ、ポーズ!」
まだスタジオ撮影の余韻が残っているようでした

通りがかりの外人旅行者、まるでドッキリカメラに登場する人のよう。
オカマ化粧の国籍不明な2人を遠巻きに覗き込み、「何、この人達?」。
驚きで笑みも消え、避けるように脇を通り抜けて行きました。


では、スタジオ撮影の写真を公開します。

「エッ、よく見えない。」



それでは、アップで。



お二人、お疲れ様でした。


ところでこれからベトナムに訪れる人、どうですか、挑戦してみませんか?
一生の思い出になりますよ。


アオザイ写真撮影(ド派手化粧付)

   2着のアオザイを着て撮影。

   希望するショットを絵葉書代の写真(6枚)にしてくれるのです。
   勿論、メーキャップもしてくれます。
   料金は40ドル(所要時間1時間半程度)

   *彼らは洋服選び、厚化粧、写真選びに時間がとられ
    2時間半近くかかりました。

住所:49 Ton That Thiep St. Dist1
       サイゴン・センターの近く。
    


2010年9月3日金曜日

友遠方より来るシリーズ。(二人の友人)

二組の夫婦が帰国して5日後
またまた友人二名がタン・ソン・ニャット空港に降り立ちました。
春頃から来越の機会を探して、漸くの訪問。

二人を先ず案内したのはお気に入り観光スポット、フランス統治時代の
建造物、中央郵便局とその前に威風堂々と建つ大教会でした。


何十回も通った郵便局、
でも絵を描いてるオジサンは初めて見かけました。
「良い感じ―」と素直に思い、友人と眺めていると
後ろに立っていた別のオジサンが「10ドル、10ドル」と言うのです。

アマチュアの日曜画家かと思ったのがマチガイ。
そう、ここはベトナムなのですね。


この二人は外国生活経験があり、航空会社勤務で海外出張も度々。
とは言っても、プライベートな旅では緊張感も欠けてしまうようです。
フランス人デザイナーが経営する洋装店の前では、暫しの休憩。

遠慮もなく椅子に座りこむあたりが、外国慣れですかね。



先ずは、よく食べます。

骨までしゃぶりこそしないものの、グリルした魚の身をほぐし
野菜と一緒にライスペーパーで手巻きにするのです。

  *ワンポイント・アドバイス
   指先に水を濡らしライスペーパの縁を湿らし柔らかくします。
   中心部には具を置くので
自然と水分を含んできますので
   多く湿らせる必要はありません。



また、よく飲みます

『333』(ベトナム・ビールのバーバーバー)が到着時に
最初に口にしたアルコール。

次はアパート前のスーパーで買った高原都市ダラット産ワイン。
気がつけば白ワイン1本が空。

次なる挑戦はベトナム・ウオッカ(米から作ったベトナム焼酎)
ショット・グラスで一気に。

さらにグラスの縁に塩をのせ、ライムを絞り
ソルティー・ドッグもどき作りを楽しんでいました。
余裕ですね。

また、買い物もしてました。

ここはアオザイ等の仕立て屋さん『Tam Silk。』


ドアーに張り紙がしてありました。



実は『Khai Silk』と言う高級ブティックがドンコイ通りにあります。
そこは雑誌にも大々的に取り上げられ、有名なお店。

そこを意識しているのでしょうかね?????

『Khai Silk』はお値段も高いです。3倍位はするかも、もっとかな?

彼女たちはTam Silkは見るだけ。
勿論、買ったのはKhai Silk。




最初の日のお昼はブン・ボー・フエで有名なブン・ボー・フエ
 *店名と代表的メニューが同じ。
  日本で言えば”喜多方ラーメン”かな。

彼ら二人は勿論『333』を、そして下戸の私は
ソーダ・チャン(レモン・ソーダ)をオーダー。


置かれたコップを見てビックリ。
スプーンの位置おかしくないですか?

スプーンを取り出し、柄の部分を持つと
まるで氷をつまんでいるような冷たさが指先にーーーー。

これもベトナム。

まだ、まだサービス業スタッフのレベルアップには時間がかかりますね。