2010年3月5日金曜日

友、遠方より来るシリーズ

2月の26日は7名の訪問者が日本から来ました。

徳島からの5名の訪問者は、週末を使っての2泊4日
(最後の一泊が機内泊なので)、最短期間のツアーできました。

忙しいなか時間を作って、お金も使って来てくれるのですから
大感謝です。


サイゴンの空港では出迎えの人の多さに、そして到着客の荷物の多さに
毎回驚かされます。

いくつもの段ボールにお土産を詰めて到着する人は、”ベッキョウ”と
呼ばれる海外にいるベトナム人
かってのボートピープルもそれに該当するのでしょう。

日本では希薄になりつつある家族・親戚の絆が、ベトナムではとても強く
海外で蓄えを作った人はベトナムにいる家族に送金したり
帰国するときは山ほどの荷物を持ってくるのです。

勿論、私の7名の仲間もベッキョウに及びませんが
お土産を持ってきてくれました。これも感謝です。




徳島組5人は二組のご夫婦にその同級生の男性。
パワー指数を男女比で表すと、80対20、いや90対10かな?
勿論、女性パワーが上回っています。

その女性群を観察すると、よく食べ、よく飲み、目茶苦茶喋りまくり
つかの間の居眠りで一気に疲れは回復。

「次は、何処へ?」、「まだ、あれも買わなくちゃね!」
とギアの切り替えは瞬時。
 *トヨタの自動車ではないですが、この急加速な対応は
  身体に危険。リコールの対象にしてもいいかも。
  

日本人の奥さま方のパワーの源泉はどこにあるのでしょうか?
一方、異国の地に身をおいた旦那さまは、まるで飼いならされた
犬のようでした。



ライトアップされたホーチミン市人民委員会の建物です。

その建物の前には、子供を抱えたホーおじさんの銅像があります。
ある人は、この像の表情が一番優しい顔をしていると言ってました。



市民劇場(フランス統治時代はオペラ座と呼ばれたいました)の夜景は
パリのオペラ座ほどの重厚感はありませんが、でもついパチリとしたくなりますね。

 *徳島組は皆が酒豪。夜景を楽しむよりも
  333(バー、バー、バーと呼ばれる、ベトナムビール)に酔いしれて
  いたかもしれません。







2日目の夜、ベトナム古典芸能の代表格である水上人形劇に案内。
ハノイで一度見たことはありますが、ホーチミンでは初めて。
北より南の出し物の方がコミカルに感じました。
この辺にも、北(ハノイ)と南(ホーチミン)の、文化の違いはあるのかも。



水上人形劇の醍醐味は何と言っても人形の操り方です。
それには一見の価値ありです。実に巧み。
今だ、どのように人形を操作しているのか見当がつきません。

ただ、前の席の方が標準サイズを大きく上回る頭部の持ち主。
舞台が左右に分断されてしか見ることが出来ずでした。

次の友人訪問の際に、また案内し改めて鑑賞することにします。


観劇を終えてからは、ベトナム・スタイルのシーフードを
マリーナ・ゴクスンで食べました。

写真はエビをココナッツの果汁で茹でて盛り付けたもの。
高級レストランになるとお料理の見せ方も洒落ています。
炎でエビの角を焦がすことで香ばしさが漂い美味しさも倍加するのです。




下のレストランは最近オープンしたNam Phanです。
超高級ベトナム料理のお店。

夜のコースメニューは、一人30ドルから80ドルまで。
日本に置き換えれば2-3万円のコースになるのでしょうか。

実はこのレストランはKhai Silkという高級服飾店が経営。
日本でいえば、森ハナエやコシノ・ジュンコがオーナーのお店
と考えて頂ければお分かり頂けるかもしれません。



先ず、最初に出てきたのが春巻き風の蒸しもの。
葉っぱはわざと透けるように巻かれているのですね。


お料理も、目の前で取り分けてくれました。
ココナッツにレモングラスの香りが効いた
ちょっとピリ辛味のスープにーーー。

左手はナスを蒸したもので、日本的なあっさり味。
さらに右手の魚の煮つけも、日本人にはたまらない味です。

最後にデザートは、バナナケーキ。
このバナナは通常食べている果物としてのバナナではなく
調理用のバナナだと思います。

ちょっと、モチモチ感のある歯ごたえ。
勿論、上にはココナッツ・ミルク・シロップをかけて食べるのです。





実は我々の行った昼には、スペシャル・ランチ・メニューがありました。
8ドル(税・サ別)

ここのランチメニューは絶対お勧めです。

  *徳島組は前日夜に帰国したため、ここでは食べていません。
   言い訳になりますが、偶然に立ち寄った店だったのです。
   もし食べたければ、徳島組の皆様、再度サイゴンへ。
   

東京組の帰国の日は、マジェスティクの屋上オプーンテラスの
バーでカクテルを味わい、夕景のサイゴン川を眺め最後の日の
ひと時を楽しみました。

その場所はベトナム戦争時代は通信社の特派員や
戦争カメラマンの命懸けの取材を終えてのひと時の溜まり場所でも
あったのです。
ロビーの一角には世界の名士の宿泊客の写真に並んで
開高健の写真もあります。彼も日本の週刊誌(週刊朝日?)の
取材記者として滞在していたのですね.そのころ。



  *その辺の事は、沢木耕太郎のエッセイ「国道1号線を北上せよ」
   に書かれています。



デザートは、「アジアン・デライト」と「カフェ・ス・ダ」



7名の訪問者、それぞれ色んな思い出を持って帰国の途につきました。

皆様、お疲れ様でした。

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