旅のプロ中のプロがサイゴンを訪れました。
と言っても、添乗員が遊びに来たわけではありません。
”生涯バックパッカー"を宣言している友は、今年50歳。
普通に仕事をし休暇を利用して世界の国々に足跡を残し
その数100カ国になったと言っていました。
彼が旅を語るとき時、「いつ、どこで、何を」と
まるで図書館の棚に並んだ本のように
記憶がしっかりと整理されてることに、いつも驚ろかされます。
記憶がしっかりと整理されてることに、いつも驚ろかされます。
空港に到着し私のアパートに向かうタクシーの中でも、
「サイゴンも1989年に訪れた時はーーー、
ホテルがーーーで、XX病院でOOを見てーー、」
きっと、彼の頭の中には20年以上前のシーンが
走馬灯のように浮かび、それに今の街並みを
重ね合わせようと試みたようですがーーーー。
でもサイゴンの街の変貌はそれを容易くはさせてくれなかったようです。
走馬灯のように浮かび、それに今の街並みを
重ね合わせようと試みたようですがーーーー。
でもサイゴンの街の変貌はそれを容易くはさせてくれなかったようです。
彼はその優れた記憶力(失礼)で、旅先での出会いをテーマに
持ち前の表現能力で旅のエッセイ等も書いています。
今年(2010年)は、JTB交流文化賞も受賞しました受賞作のタイトルは「北の果てに続く道」
*アラスカ・ハイウエイ1300キロを小型のレンタカーでヨチヨチと北上。
*アラスカ・ハイウエイ1300キロを小型のレンタカーでヨチヨチと北上。
そこでのヒッチハイカーや長距離ドライバーの大男との遭遇を
クールなタッチで書き上げたエッセイでした。
ボクも、沢木耕太郎が書いた『深夜特急』に憧れ
ベトナムの地で”俄かバックパッカー”を数度試みました。
しかし今回”プロ”と一緒に数日を過ごし、学んだのです。
彼は、エッセイに登場する主人公のように、寡黙でクールです。
そして、歩いて歩いてーーー、その地を五感で感じとるのです。
さらに、彼とボクの違いは”口数”でしょう。
ボクは、感じた事をドンドン話してしまいます。
この時点で感動も刻まれた記憶も体外に出て行ってしまうのかも。
彼は、ポイントを一言二言。最小の表現でその場は済ませます。
それ以外は暫く閉じ込め、熟成させるのかもしれません。
ひょっとして、その寡黙さが「旅の印象の保存」
すなわち記憶力に繫がっているのかもーーーー。
やはり男は”寡黙”であるべきなのでしょうか?
お喋りな、高倉健、
オシャベリな、スティーブ・マックイーン
想像してみてください。格好悪いですよね。
例えが古すぎますかね。(笑)
”寡黙への挑戦”
海の彼方の日本にいる仲間の声が聞こえて来そうです。
「そんな挑戦、止めとけ!」
「そんな挑戦、止めとけ!」
仲間のアドバイスは、素直に従おうかなーーーー。
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