2010年8月8日日曜日

ツアーガイド・コンテスト




アクロバッチクなショーでしょう。
時間は朝の8時半。「エッ、朝練?」

とんでもない、この日は観光ガイドコンテストの地区予選。
ここで選ばれた人はハノイの全国大会に出場するのです。

と言う事で、このショーは”雰囲気盛り上げ隊”ですね。


審査項目は
  A)ベトナムの歴史や観光ポイントに関する知識
  B)ベトナム語による観光ガイド
  C)外国語による観光ガイド

    *この国では日本語は外国語。
     ですので私はその審査員に指名されたのです。




審査開始。
先ずは案内する観光地をスクリーンに映し
ガイドとしての説明ぶりを披露します。





続いて専門知識の審査。

歴史や観光の知識レベル審査は、まるでテレビのバラエティークイズ番組のよう。



  赤いアオザイ姿の女性がガラスケースを神妙に抱えて登場。
  ガイドさんは、そのケースの中から一枚のカードを引きます。
  そしてキンキラなアオザイを着た司会者はカードを手に
  3問の質問事項を読みあげるのです。

  ガイドさんはその回答を専門知識担当審査員に向かって話すのです。
  それが終わると、今度は審査員からもガイドさんに質問がーーー。

  全部がベトナム語でのやり取りで意味不明ですが
  ガイドの皆さんは,つかえることなく答えてました。
  流石、代表選手ですね。




実はこの日も、関係者の集合予定時間になっても数名のみしか
いませんでした。これもベトナムでは良くあること。

一緒に日本語の審査員をする大学の日本語学科のベトナム人教授と
は前日7時15分(予定時間の15分前)に会う事を約束。

審査の打ち合わせ後、観客のいないうちに『ハイ、ポーズ』。


結局コンテストは40分程遅れて、何もなかったかのように開始。
5人程審査が進んだところで、ある事に気がついたのです。

それは、教授とガイドさんの質問風景を見ている時でした

  ベトナム人同士だと、ベトナム語訛りの日本語の方が
  流暢で日本人並みの日本語を話す人より、聞きとりやすいのです。

一人、とても流暢な日本語を操り観光案内を見せてくれた
ガイドさんがいました。でも、その教授には早口だったんでしょうね。
聞きとり難かったようでした。

また、私が普通のスピード(彼らにとっては早かったようで)で話しても
聞き返されることがありました。

    考えれば、我々もアメリカ人の話す英語の時には
    同様の経験がありますものね。
    
    異言語に対する反応は、人種を問わず同じなんですね。

日本人のある言語学者は言っていました。
世のグローバル化と併せて、英語が急激に世界の共通語として
使われるようになり、ネイティブでない人同志の英語の会話の割合が、
ネイティブ同士でのそれを上回る。
従って、多くの自国のアクセントが混じった英語が世界中で話され
ネイティブと言えども、それらを理解するようにしなければ
彼らも国際的に通用しなくなると。

これには大いに納得。同感、支持します。

これを逆手に取るわけではありませんが
従って、日本語的英語発音で充分。
通じなければ、話してより聴き手の問題。

そう思って自分を励まそうとしているのですけどね、本音はーーーー。

ただ、ベトナム人にはその理論は通じないのです。
99%正確な発音でないと理解してくれません。
ここにはなんの許容範囲もなく、妥協点も見つかりません。


これは、ベトナム語ができない言い訳ですかね。


2010年7月30日金曜日

フーコック島ー4 観光ポイント

映画に出てくるようなシーン。
鉄条網が何重にも敷かれた収容所です。

南ベトナム時代の収容所跡。
監視台の守衛は造り物,でも怖さをつい感じてしまいます。

それはここを、ベトコンや政治犯に残虐な拷問を加えた
場所として忘れてはならないということから、サイゴンの
戦争証跡博物館でも重要展示物として取り扱われています。
それを見ていたから余計に印象が強いのかもしれません。


それに引き換え、隣接の建物にも拷問の様子がーーーー。
でも、サイゴン程の凄さはありません。







海を利用した新たな産業として真珠貝の養殖をしています。
これは日本の技術援助で行われているとの説明を受けました。

“パール”となると収容所と違い、女性観光客の足が停まるようです。
自然と長居し、殿方が急かすという万国共通の現象が起きていました。


壁の真ん中にはホーおじさんの写真。
商売に協力しているのでしょうか。

建国の父で商売の父ではないのですから
写真の貼り方に工夫があってもと思ってしまうのですが。

でもホーおじさんと呼ばれる位だから、身近な存在なのかもね。



島内最大の町、ユーンドンでは毎日ナイト・マーケットが開かれます。
並ぶ屋台は、お土産・衣料品系と食いもの屋系。

サイゴンでもこのようなマーケットは多いです。
商品を並べ、食材を運びテーブルのセッテイング。
さらに4-5時間後にはその後片づけ。

それが特定日なら分かるのですが、毎日なのです。
その手間を厭わない姿勢には敬意を表します。




そんな準備で忙しい親の手を煩わしてはいけないと
お姉ちゃんは妹(弟かな?)の相手をして遊んであげています。
感心、感心。






この親子?の二人は夕食の仕込みに入っています。
煙の匂いに誘い込まれるように焼いているお兄ちゃんの隣に
気がつくと立っていました。

「バオ・ニュー・ティエン」数百回使っている”得意のベトナム語”で
値段を聞き、焼き上がったツクネ風のものを指差しました。
「3000ドン」(15円) ---安い!

  オバサンは無愛想な態度のままミンチした鳥肉を
  左手で適量を取り、細めの棒状に割いたサトウキビに
  握り巻きつけています。



焼き上がったミンチのカタマリを口先で押さえ、
芯の役割をしているサトウキビの棒をゆっくり抜くのです。
香辛料も程良く、ウゴーン(美味しい)でした。

次に豚肉の串焼きを指差すと
10000ドン」(50円)
それも口に。

食べ終えて、考えました。
ツクネ3000ドンだったら、豚肉は良いところ6000ドン。

美味しさに”値段交渉”を忘れてしまいました。

マッ、良いか。









2010年7月28日水曜日

フーコック島の旅ー3 特産品

フーコック島の特産品と言えば”ヌックマム(魚醤)”です。



ここで製造に関しての豆知識を披露させてもらいます。

 -、魚70%、塩30%の割合でこの7トンも入る大きな樽で
   1年間寝かせ熟成させます。

 -、写真の大きなポリケースはその中でも最高級品質となる
   最初の絞り汁部分を取り出しているところ。
   日本流で言えば”一番絞り”でしょう。

 -、何故フーコック島がヌックマム製造が栄えたかと言うと、
   材料となるマイワシあります。
   マイワシにも種類があるようなのですが、ここでは同一種類を
   使っています。それを可能にするのが醸造工場は海に近く、
   工場所有の船でマイワシを捕まえて来るからです。
   ですので混じりモノ無しの“純正”で仕込める訳です。

   ひょっとしてラベルに“純正一番絞り”とでも
   ベトナム語で書かれているかもしれませんね。
   ベトナム人に要確認。

      *この話題は資本主義的競争社会の中での
       マーケティング戦略となるわけですが
       一般的にこの種のものの関心度が低く
       盛り上がりに欠ける傾向があるので
       つい、聞きそびれてしまいます。

       先ずは日本におけるキリン・アサヒの
       ビールシェア争いからの背景説明からしないとーー。
       気が重くなりますね。



この島のヌックマムの生産量はベトナム全体の45%。
7トンの樽から3000リーターが絞り出されてきます。
残りは魚の骨だけ。

その骨を飼料にするために本土に運ぶ専用の船が
港に停泊していました。


まるで塩をふいたような木造船ですね。
  塩鮭なら大辛?

船体に近ずくにつれ筆舌しがたい魚の腐りきった超悪臭
漂って(否、襲って)きました。

船の前の二人、ご夫婦かな、慣れなのでしょうか
それとも「お金のためならエーンヤコーラ」でしょうか
”頭被っても、鼻隠さず”で荷運びしていました。

マイッタ、マイッタでした。




さて、次なる産業は胡椒です。

木を植えて3年目から収穫。でも寿命は5年。
ひとつの木から3キロ程収穫出来ます。
そして、その土地は暫く休耕地となります。
  「何年間?」 
  「メモし忘れました、ゴメン」



黒コショウ・白コショウ種類が違うのかとおもったら、同じ。
殻をむいたのが白で、その方が香りが強いとの事。
知りませんでした。 ”日々、勉強ですね。”



空港ではフーコック島の特産品が遠慮深く
待合室フロアーの隅にショーケースで並んでいました。


海産物系としてタツノオトシゴのひもの。

  日本ならごXXX饅頭やXXX最中、さらに子供向け土産に
  怪獣セットと何かと買わせる工夫が。
  それは地域経済の活性化による格差是正とか何とかですがーーー。

  ここではそのようなモノはありませんでした。

  日本はご当地名物が氾濫しすぎている気もしますけどね。




ヌックマムのケースの上には注意事項が目立たずに置かれていました。
そこには次の内容が書かれています。

  ヌックマムは匂いが強烈(瓶が割れた場合)なので
  機内預け・持ち込み禁止。
  空港で購入した場合はサイゴン到着後に受け取れます。

空港の店員にとっては売れても売れなくても良いようで
ショーケースを覘いても一声もかけてきません。

  *サイゴンの中心街のベンタン市場の
    ”しつこくまとわりつく店員”
とは大違い。
    とても同じベトナム人とは思えません。


空港スタッフはーーーー、公務員?
ーーーーーーーーーならば納得。

2010年7月25日日曜日

フーコックの旅(2)メルキュール・ホテル ラ・ベランダ

凸凹道に揺られて、貧相な看板を斜めに右折し
検問ゲートを通るとーーーーー、

  厚ささ20センチ程のフェンスひとつ挟んだだけで、
  そこは別世界でした。



  先ずはレセプションでチャックインの手続き。

  *この国は原則滞在中はホテルにパスポートを
  預けます。ホテルは翌日には宿泊客リストと
  パスポート・コピーを警察に提出するのです。






そしてラウンジのテラスに案内されました。

  ウェルカム・ドリンク
    左はパッション・フルーツ・ジュース
    右はーー?忘れたけど、レモン味のティーでした。

 注目はオシボリ。
    レモン・グラスの香りのオシボリはありましたが
    ここはその茎を芯にしてタオルを巻いているのです。

    レモン・グラスの香りが好きはボクはこれで、感激、
    
    一気に、ここが気に入りました。



    サービス業、第一印象がとても重要なことです。
    ハード面、ソフト面(スタッフの対応)両面からも。

     *この国はこのサービス・マインドの部分が弱いのです。
      それを何とかしようと政府も対策を試行錯誤中。
  
      愛想にやや欠ける面がベトナム文化とも言えるわけで
      簡単な事ではないですね。





部屋に入ると蚊帳が最初に目につきました。
使う使わないかは別として、ここまでキレイに吊るされていると
ひとつのトロピカル・オブジェとしてインテリアになりますね。

  *部屋には蚊はいませんでしたので、使用せず。






部屋のアメニティーも充実。
否、しすぎかもーーー。

   シャンプー:       レモン・グラス
   ボディーローション:  アロエ
   コンディショナー:   ペパーミント
   ソープ:         ラベンダー

   全てが異なる香りのハーブ。
   全種類を混ぜたらどんな匂いになるか不安だったので
   好きなレモン・グラスのみ使いました。


   
   ミックス・ハーブティーのようなものもあるから
   問題ないのかもしれませんが。





この島のセールスポイントは“海”。
荷解きを終えると目の前のプライベート・ビーチへ。

太陽に照らされた白砂とコバルトブルーの海からの反射は
目には刺激が強すぎます。

格好つけるわけではありませんが、サングラスは必需品。
勿論、帽子も。





ランチは好物のひとつ、クラブサンドイッチをオーダー。

  *この種のホテルに滞在するとクラブ・サンドイッチや
  ハンバーガーを食べて、味のレベルの評価に
  毎回しているのです。




この雰囲気では何をたべても美味しいかもしれませんが
フランス系の経営なのでバゲット・サンドを頼んでも
良かったかなと、後悔。

 



何しろ部屋数が42部屋。多くても80人程度のお客様の為に
これだけの設備があるのですからね、贅沢ですね。

レセプションもお客様が少ないので、すぐ名前も覚え声をかけてくれます。
(そうするように教育されているのでしょう)




徐々に陽がーーー、
椰子の葉影から斜めに差し込む光が織りなす
コントラストも素晴らしい!   

人影が少ないのも魅力。






夕陽の場面、最高のシャッター・チャンス。

一眼レフを携えたオジサン登場。
立位置を決め、そして微妙に身体の角度を右に左に
さらにレンズを操作し、気ぜわしく動くのです。

せっかくの夕景も、視界にオジサンが入ると諦めざるを得ません。
時には、自分も同じような事をしているかもしれませんね






夕食は2階のレストランか、
ビーチサイドのカフェでもガーデンBBQが目の前で楽しめます。
一組の家族連れは、手入れの行き届いた芝生に置かれた
テーブルを囲んでの食事。


時々波の打ち寄せる音に混じって、笑い声が聞こえてきました。





翌朝、2階のレストランで朝食ブッフェ。


先ずは、バゲットとハムとチーズでフランス風で食しました。


隣の席の家族はドイツ人。
厳格そうな両親に、気弱そうな息子。

  席に近づくとメガネを掛けた息子は
  見晴らしの良い席に座りかけます。
  すると一緒にいたお母さんが、「No!」
  お母さんは遅れて着いたお父さんにその席を確保。

  メガネの息子は不満そうに一言、二言、三言。

  厳しそうなお父さんは一言。
  そして座る席を指したのです。

  The End




このシーン、日本の若い親に見せたかったですね。

 *ベトナムも、今は子供の躾には甘いですね。
  日本と似ているかも。




朝食を終えても階下に広がる景色に
つい長居をしてしまいました。



ラ・ベランダ( La Veranda)

  満足、満足!

フーコック島、評価上がって来ています。

次回のブログ、楽しみにーーーー。

2010年7月24日土曜日

フーコック島への旅(1)

フーコック島って?

  *サイゴンから西南西に向かって飛行機で1時間。
   タイランド湾に浮かぶ小島。
   新たなリゾートアイランドとして観光開発されていると言うので、
   ちょっと見てきました。

   

利用する機材はATR=ターボプロット双発旅客機
(ジェットエンジンとプロペラで飛ぶ近距離用の飛行機)
久し振りにプロペラの飛行機に乗るんで機材をメモ。
実は、飛行機にはまるで興味がないのです。
墜落さえしなければ、それで良しです。




さて乗客を見ても、観光客と言うには派手さもなく期待感も薄れてきます。


自分の席に近ずくとそこにはハンチングを被りトッチャン坊やのような
男の子が座っているのです。そして隣には胸の谷間も露わに、
さらに続いて同じ程度にお腹の突き出たお母さん。


搭乗券を見せるとお母さん、躊躇することなく坊やを膝の上に。

  「エッ、この子何才?」

  国内線は2歳未満で席を使わなければの条件で
  無料なのにーー、これもベトナム流?

  
そう言えば、長距離バスでも小学生位の子供を
  膝に乗せて6時間程乗っていた親子を見ました。


幸い通路を挟んで隣の席が空いており、私はそこに。
ハンチングの坊やも1席を使う事ができたのです。
可愛いのは、膝の上に”ゲボ”用の袋を置いているんですよね。
オリコウサン。


島が見えてきました。
搭乗の際に薄れかけた期待感も、徐々に復活。

 *安物のデジカメでも回っているプロペラが写ると言う事は
相当にユックリ回転しているのでしょうかね。
  少し不安になりますね。



知人から「フーコックの道はデコボコ。酷いよ」と聞かされていました。
でも、空港から目的のホテルまでの20分の内の18分は舗装道路。

道路の舗装もここまで。
そこからは赤土が舞っている道がさらに続いています。

丁度、その分岐点のところで車は右折。

状況は急変、
「何このデコボコ道の下りはーーーー、」




看板はLe Bistrotなんで洒落ているけど
凸凹、凸凹、身体は左右上下に揺れてーーー



ビストロを超えて100メートル程の所に国旗が。

風もないのかそれらの旗もなびかず
歓迎ムードもあっさりしたもの。

ホテルの看板も貧相に見えてしまいます。



「これがアコーが経営するホテル?」

   *アコーはシェラトンやヒルトンと並ぶ、フランスのホテル運営会社。
     高級ホテルにはソフィテル、その次のランクがメルキュール。

    今回滞在するのは、そのメルキュールがつくので
    期待していたのにーーーーーー。




では続きは、次のブログで。

日本は?


岡ちゃんはどこ?

岡ちゃんと言ってもサーカーの監督ではなく、外務大臣の岡田さんです。
21日よりハノイでASEAN外相会議が開催。
主要国の外相がベトナム政府の要人と会っている様子が
今朝(23日)のVietnam Newsで報じられていました。

 左側トップ(最も重要なニュース)は中国外相が共産党委員長と、
 右側トップ(次に重要なニュース)にはロシア外相が国家主席と、
 左下(次の次に重要なニュース)は国務長官のヒラリーが首相と、
 それぞれ会談の写真が掲載。
 
「アレ、岡ちゃんはどこにいるの?」
次のページも、その次のページもーーー姿はなし。

多額のODAを使っていても、この扱いなんですね。
日本はお金で外交を買うケースが多いように感じます。
国際舞台で政治的外交交渉能力のある人は日本にいるのでしょうか?

外交は国の力(経済力・軍事力)を背景に行われるわけですから
経済が弱まった日本には、よりその手腕が求められます。
勿論、それは我々が考える程に単純なものでもないでしょうが。

ベトナムと日本、色んな可能性があるのですから。

先ずは、岡ちゃんの剛情一徹(不器用にも見えてしまうのですが)
さにエールを送ります。

ガンバレ!

2010年7月13日火曜日

歌謡ショー?


観光35周年の祝賀行事が7月8日サイゴン市内の中心にある
オペラ座(市民劇場)で開かれました。

  *前日にはハノイで観光50周年のイベントが開催。
   南部は解放されて(ベトナム戦争が終わって)35年目なので
   北(旧北ベトナム)とは年数が異なるのでしょう。想像ですが。

   ”観光は平和へのパスポート”と言う標語が私が海外旅行業界に
   入ったころにありました(40年ほど前ですが)
   ベトナムも戦争を終え、平和になり経済成長も著しく生活にも
   ゆとりがうまれてきました。ここ数年は国内旅行に行くのが

   ステータスであり、またブームとなってきています。
   (日本の70年代かな?)


   ですので高まる国民の旅行熱に併せ、観光業界も発展させ
   活性化していくことを意識した
祝賀イベントなのかもしれませんね。

   日本の観光庁も頑張っているようですが、まだまだ力不足。
   ここに学びにきたらどうでしょうか?
   
      大雑把に言えばーーーー、
        日本に訪れる外国人訪問者は700万人。
        一方、ベトナムは400万人が年間で訪れています。

      G8のメンバーであり、技術面では世界のトップと言われる
      先進国なのに
観光では後進国か発展途上国。
      新興国の領域にもまだなっていないかも。



本題のイベントに戻りますが。

朝の9時。オペラ座の階段を上り受付に向かいます。
そこではアオザイ姿の観光局スタッフが対応。
やはり公式祝賀行事となると、アオザイを着ている姿が多くなります。
以前の日本も、祝賀行事には振り袖姿を見かける機会もありましたよね。

場内に入ると、一気にベトナムでした。

すでに、大音量の歌謡ショー。
この国では来賓の挨拶からではなく、この種のプログラムから
始まるケースが多々あります。
  *開始時間までに皆が集まることが無いのがベトナム時間。
   客待ちの時間つなぎの手法のひとつなのかもしれません。


そして、この種の音楽イベントで毎回思うのは
日本人から見ると騒音としか思えないほどのボリュームで
スピーカーから音が流れる事です。
むしろ”激流となって溢れ出る”という表現が良いかも。


ホー・オジサンの銅像の前で
共産党青年部の若者が気分を高揚させ歌っています。
まるで、軍歌のようです。




その高まった気分は、次の曲で沈静化。

兵隊さんとその恋人の歌でした。

曲の進行に合わせセーラー服姿の兵隊さんは恋人から届いた
手紙を開け、何度も読み返しそれを胸にーーーー、
そして空の彼方を眺め、恋人を思う仕草をするのです。

この辺は言葉が分からなくても,充分に想像出来ます。




その後はギター伴奏での静かな歌。

メロディーからは、失恋の歌と想像したのですが
このスカートのスリットを見ると、別れの曲とは感じにくいのです。
むしろ、ボサノバ調のアップテンポの曲の方がと思ってしまいます。



そして、漸く来賓の挨拶とプログラムが進行していきます。

さらに、これまで観光業界の発展に貢献してきた人への
表彰式と続きました。

  *この国は、何かと感謝状の類で表彰するのが
   とても好きと思える位、よく行います。
   

この場面、歴代の観光促進に関わった「偉い人」に感謝状の授与。

この国では、役人の偉い人に女性が多いです。
勿論、ベトナム人女性が働き者とも言えますが
ベトナム戦争の影響で50-70歳代の男性が
少ない事も関係しているようです。

11時過ぎには祝賀会は終わり、お隣のホテルに会場が移りました。
ブッフェスタイルでの昼食です。
かなりの勢いでビールを飲んでいる人もいました。

これで、この日はお終いとなる人もいるのでしょうね。

午後事務所に戻ると、
いつも以上にスローな空気となっていました。