2011年2月8日火曜日

枯葉剤

NHK教育テレビで放送された枯葉剤に関する番組を見ました。
改めて感じる事が多くありました。

ベトナム戦争でアメリカ軍はホーチミン・ルートの破壊やベトコンの
活動を妨害する為大量の枯葉剤(エージェント・オレンジ)散布。
戦後、それに含まれていたダイオキシンによる人体や環境への
影響とそれらの被害が明らかになる。

ベトちゃんドクちゃん等の報道を通して枯葉剤被害者の問題は
知っていたが、枯葉剤散布に関わったアメリカ軍の兵隊や
取材をしていたジャーナリスト等にもその影響が及んでいた事は
知らなかった。
その為、アメリカ政府では集団訴訟に発展。最終的には
クリントン大統領の時に国が枯葉剤の影響を認めた形となり
認定被害者に補償をすることになった。その額は一人500ドル
程度の少額のものであった。

それ故、第2世代(被害者の子供)にまでは当然国は関与しない。

番組は、その第2世代の被害者がベトナムに行き、
ベトナム人の障害を持った子供たちがいる施設
「平和村」 を訪れ、そこの人々との交流する様子が描かれていた。
第2世代の彼女(37才のアメリカ人)は右足のひざは下から無く、
左手の指も第一関節から先が無いまま産まれてきた。
当然、その事で家庭も崩壊寸前にまで追い込まれた事等も
踏み込んでインタビューをしている。

そして、その彼女の父親(ベトナム従軍アメリカ兵)の言葉が
今でも心に残るーーーーー、

「子供まで戦争に連れて行った事に気がつかなかった。
   ーーーーーーーー、知っていれば戦争には行かなかった」 



ベトナムでの枯葉剤被害者の200万人とも400万人とも言われている。
それはアメリカとは比較にならない大きな数。

画面では頭部が異常に大きく、目の位置も通常と違う
ベトナム人の男の子が母に抱かれている様子が映し出される。
そばにいる二人の姉(12才と10才)は、まるでぬいぐるみと遊ぶように
愛しくその弟の身体を抱き寄せ“その頭”にホッペをすり寄せるのだ。
そして姉は明るい笑顔で言うのだ。

「くすぐると喜ぶんだよ」

画面を見続けるのが辛くなった。





2年間のサイゴンでの生活。
枯葉剤被害者への慈善活動には一度も参加しませんでした。

    *知っている青年海外協力隊員は定期的にボランティアとして
     週末に行っていました。
     日系企業の代表で年に数回慰問している方も、知っています。

着任早々、事務所の若手スタッフが施設の慰問に行く機会がありました。
話しを聞くとかなり悲惨な様子。
弱腰となり「連れって行って!」とは言えませんでした。

*事務所のスタッフは共産党青年同盟のメンバー。
     週末も時々、慰問活動を行っているようでした。


そして、慰問をする機会がないまま任期を終えてしまったのです。
今思えば“度胸を決めて”行けば良かったと、後悔をしています。

2011年2月6日日曜日

ラーメン屋(無敵家)


午後3時。まだ長蛇の列は続いています。
南池袋1丁目交差点の角にあるラーメン屋(無敵家)。

5-6年前,テレビでラーメン屋紹介番組が流行っていた頃
必ずランキング上位に入っている店でした。

開店したのは10年程前。当時は普通のラーメン屋。
ある時を境に人が並び始めたような気がします。

私の仕事場はその交差点を渡った所。

昼飯時に30分以上も並ぶのはーーーー、
と言って時間をずらして2時過ぎに並んでいては
外出する社員と会ってしまうしーーーーー、
夜の9時過ぎ、遅くなったので食べて帰ろうと思っても
まだ並んでいました。

私にとっては、近くて遠いラーメン屋でした。


先日、以前いた会社を訪ねる機会に見ると
ーーーーーー、やはり店に沿って並んでいたのです。
信号待ちの間、彼らを注意深く“観察”していると
アジア系の言葉が耳に入って来ました。

きっと、台湾か韓国それとも中国の旅行ガイドブックや
雑誌のグルメ記事で紹介されているのかもしれません。
国をあげての外国人観光客誘致作戦の恩恵を
ラーメン屋さん受けているんですね。




ラーメンの発祥は中国。
でも、日本のラーメンは明らかに日本文化の下で進化した
食文化のひとつですね。

イタリアのピザの如く、Sushi(寿司)が世界に拡がって行きました。
ラーメンもグローバルな日本料理の仲間入り。
すでに世界各地で日本式ラーメン屋はオープンしていますからね。

  *サイゴンにもラーメン専門店が数軒あります。
   料理人が日本人なら問題なし。
   ベトナム人に作らせていると、熱々のスープでなかったり
   “何かが” 違う感じがしてしまいます。

“日本一ラーメン”と名乗っていたところもオーナーが
   日本人から韓国人(料理人はベトナム人)になって一年。
   店を閉めてしまいました。




たかがラーメン、されどラーメン。
ガンバレ、ニッポン!

2011年2月4日金曜日

人生ゲーム



知人が主催するマーケティング勉強会で、
現代学生気質を聞く機会がありました。
スピーカーは4月から総合商社に勤務するS君。

プレゼン能力も高く、聴き手に“伝わる”話し方でした。

同席した会社経営者の女性は
「こんなしっかりとした考えを持った人(学生)がいて安心」
と言っていました。

リーダーシップも感じるS君の話しには
参考になることも多くーーー、

ー、ニート・フリーターという言葉が、彼らの居場所を作っている。
逆に社会から認知されたと思い抜け出す努力をしなくなっている。

ー、日本が真の国際化を目指していくならば
「敵は日本にあらず」の精神でなければならない。

ー、途上国の学生は国際会議でも自分の立場を主張。
時には相手を蹴落としても、モノを手に入れようとする気持ちを持っている。

ー、就活は学生の持っている特有のブランド感で行っている。
俗に言う偏差値の高い企業(年収・有名・カッコ良い企業)
を目指す傾向がある。

等々ーーー。


若い人の“生の声”には元気を授かりますよね。




ならば将来の日本を背負うであろうもっと若い人の意見をと
6才と1才になる孫の“生の声”を聞きに、翌日娘の家へ。

就活とも連動する『人生ゲーム』を孫と一緒にプレイ。

爺/婆共、ゴール直前で24万ドルの支払い命令を受け破産状態。
結果は、孫の逆転勝利。


「老兵は消え去るのみ」
ーーーーーなんでしょうね。(苦笑)

2011年2月3日木曜日

名刺(アドレスカード)


ノンビリと日向ぼっこをする小太郎(愛犬15才).


こんな感じの退職後の生活を夢見ていたのですがーーーー、

どうも“人との交流”が好きなようで外出が多く
日向でノンビリも思うように出来ていません。
退職後も新たな人とのネットワークは拡がっています。
そんな訳で、都度ノートの切れ端に連絡先を書いて
手渡すのも面倒とアドレス・カード(名刺)を作った次第です。


先日もベトナムに住んでいた人の集いに参加。
とは言っても8名中2名しか面識はありません。

全員を知っている幹事役の方が順に紹介をーーーー、

3人目に紹介された方も定年退職組。
名刺が無いと断りながら私の名刺に一瞥。
親しげな笑みを浮かべて

「私はホヤにいました」(ホヤとは保谷?)ーーーー、
ーーーー 「近いですね、私は朝霞ですから」

と言いそうになって「アッ!」。
言葉を飲み込んだのです。

「ホヤ」とは住んでいるところでなく、
働いていた会社名(HOYA)だったのです。(大笑)

 注釈:東京の西に保谷市(現在西東京)があります。
    埼玉西部に位置する朝霞市から車で30分程の所。
    そして彼がいた会社がHOYA(保谷硝子)だったのです。
    

名刺があれば誤解(この場合は早とちり)は防げたはず。
しかし、定年組の無職派では名刺を持たない人が大半でしょう。
と言って作った名刺の裏に昔の肩書きを書いたら、ヒンシュク者。
(でもいたりしてーーー?)


=昨日の会合で=

マーケティング・スタディーの会に3年振りに参加。
何人かの知人とも改めて名刺交換をしましたが
皆、会社名が変わっていました。

背後で挨拶している二人の会話はーーー、
「会社は?」
「 まだ同じ。今のところは大丈夫」
ーーー、でした


これも世相を反映しているんでしょうね。

2011年1月23日日曜日

ベトナム戦争



まるでベトナム研究家にでもなったかのように
帰国してからはベトナムに関する本を読んでしまいました。

動機は単純でベトナム戦争の事を改めて知りたくなったのです。
開高健、小倉貞男、近藤紘一、坪井善明、j松尾康憲、柘植久慶‐‐‐‐、
多くの作家、ジャーナリスト、大学教授がその事を書いていました。

  

団塊世代にとってベトナムと言えばベトナム戦争。

とは言っても私はヘルメットを被り『ベトナム戦争反対!』と
叫んでいた訳でもないのですけど。
ある種の青春回帰なのでしょか。

読んだ中の小倉貞男著の『ヴェトナム戦争全史』では
この時代の入り組んだ民族闘争の歴史を分かり易く解説してます。

  *読んでいる時はナルホドと思うのですが
   ややこしすぎる北と南の関係にアメリカや
    中国そしてソ連が絡み、さらにカンボジアにラオスと
    ーーー、翌日には記憶の外となるのである。(笑)
   
と言う事でベトナム戦争の“触り“でも少し紹介と考えてみたものの
難しい作業なので、それは改めてーーー。


でも、読んで再認識したのはベトナムは中国を含む
インドシナ周辺諸国との侵略戦争の繰り返しの中で
歴史が築かれている事でした。 


従って、外交も強かにならざるを得なかったのですね。
それは生きていくための術でもあったのでしょう。

また近代の中で民族独立をかざして登場したホーチミン。
フランス留学時代の名前をグエン・アイ・コック
漢字で書くと『阮愛国』。良い名前ですね。

彼は皆に「ホーおじさん」と呼ばれ親しみのある
実に偉大な人だったのですね。

   今の日本にも彼のようなカリスマ性のある人が
   いればいいのでしょうけどね。








現在のベトナムと日本の外交関係を見ると、その歴史を通して
培われた強かな交渉術で日本側から色んな援助を引き出していますね。

私のベトナム派遣もその中で決まったモノかもしれません。
それほどのものではないですね(笑)

   



  



2011年1月13日木曜日

歌舞伎観賞


新橋演舞場での『初春大歌舞伎』に足を運んできました。

「高尚な趣味ですね」
「とんでもない招待券を頂いたんですよ」

花道の近く桟敷席の隣。
*御観覧料 1等A席 16000円とパンフには書かれていました。
   とても自分では買えません。本音は売って現金を手にしたい位でした。(笑)

折角の機会、楽しもうと先ずは幕間で食べるお弁当を劇場の前でゲット。
場内に入れば解説のイヤホーンを借りて席に。
(代金650円と預け金として1000円を払う)

準備万端。開演を待つ事15分。


ブログネタが次から次へとーーーー、
  =観客は=
     客席の9割以上が女性でした。
     着なれた着物姿の女性を見ると歌舞伎にきていると感じます。
     
     女性客の多い証拠に1階の男子用トイレの狭い事。
     便器も小便用2台、大便用1台でした。
     

  =観客の年齢層は=
    9割が70歳以上?
    熱心なファンの方なんでしょうね、杖をつき歩くのも大変そうな方も。
    また上演中でも席を立つ人もいました。きっとトイレでしょうね。

 
  =幕間の食事=
    夜の部(3幕4時間の公演)の最初の幕間休憩が20分。
    次いで2度目は食事も出来るようにと40分。
      
     ロビーの長椅子に陣地をとったぬいぐるみのようなオバサン。
    最初目にした時はお稲荷さんをしっかりと箸でつかんで口に。
    暫くして様子を見ると、今度は箸の先には“おはぎ”がーーー。

    映画館では見る事のない光景ですね。

    急に思ったのですが、映画館に行くと何故か売店にポップコーンが。
    でも新橋演舞場にはありませんでした。



  =終演すると=
    後期高齢者と思われる人達が競うように急ぎ足で、
    中には駆け足で地下鉄東銀座の駅に向かっていくのです。

    折角の高い観覧料を払っているんだから余韻を楽しみながら
     歩けば良いのにと思うんですがーーー、
    すると聞こえてくる会話は
       「頂いた人にお礼をーーー」
       「貰った券だけど席が良くてーーー」。
   
    我々同様、身銭を払って観に行く人は少ないのかもね。
    劇場周辺でゆっくり歩いている人は富裕層でしょうね。


「で、歌舞伎はどうだったんだ?」と思う人へ。
中村福助の演じた女型が良かったですね。
「流石に、流石」という感じがしました。


人生3度目、4度目かな?の歌舞伎でしたが
イヤホーンのお陰もあってか眠ることなく充分に楽しみました。

     

2011年1月9日日曜日

電子書籍。日本では、ベトナムでは?

朝日新聞(1月9日付け朝刊)に電子書籍に関する記事がーーー。


 記事の要約としてはーーーー、

電子書籍を自分で手作りする作業を『自炊』と呼ぶ。
その『自炊』が拡がると本が売れなくなるかも?

この分野はハードが先行しソフト部分の本の電子化が
ニーズに追いついていない。

法整備含め解決しなければならない問題が多い。
でも、確実にこの分野は拡大していく。




私も電子書籍への関心は高いのです。
何故なら、長期間海外に行っていても電子書籍用の端末があれば
多くの本(機種によっては1000冊以上)をいつでも読めるのですから。
新刊本や雑誌も海外でダウンロード出来るし
何と言ってもかさばらないのが一番ですね。

素人の私から見ても電子書籍は拡がるでしょう。
カメラがフィルムからデジタルに移行していったように。



ベトナムではどうでしょうか、この問題?

中国程ひどくはないですが、やはりコピー天国の国。

大学の近くにはコピー屋(Photo Copy)が並び
授業に使う教材をコピーするのは当たり前。
日本のように担当教授の本を生協で買い求める必要はないのです。
*200ページ程度の本でも5万ドン(200円程度)で
      カバー付で出来上がり。


本屋さんでもコピー本が堂々と売られています。
    *日越辞書が日本で買うと6千円。
      それがサイゴンでは300円程度で購入できたのです。


電子書籍でも英語版ならベトナムでは安く端末に取り込めそう。
でも、日本語版はきっと高いでしょうね。

    “言葉の壁”、常につきまとう問題です。



ところで電子書籍になると『立ち読み』が出来なくなりそうです。
数ページだけは無料で見れるーーー、なんてシステムが
考えられるかもしれませんね。