2011年5月14日土曜日

サイゴン再訪の旅ー2(バックパッカーの旅)

バックパッカーの旅を楽しみたい!
これが今回の旅の目的の一つでもありました。
何でも格好から入るタイプの私は当然リュックを背負います。
泊まるところは安宿(ゲストハウス)。



バックパッカーのバイブルとも言える(団塊世代の勝手な思い込み?)
沢木耕太郎著『深夜特急』には宿を決める時の場面が何度も登場。
先ず 部屋を見て、そして料金交渉にはいるのです。
想像するだけで、旅の気分は盛り上がってきますね。

ところが、今は彼の旅していた当時とは異なり
その場に足を運ばなくてもネットでホテルの施設や利用者のコメントが
確認できて、2千円台のホテルも予約は可能なのです。

そんな訳で、サイゴン生活時代に見当をつけていた
バックパッカーが集まるファングラオ地区にある
Lec Vien HotelをAgoda(格安ホテルの検索サイト)で予約が
出来ることを知り、最初の2日間をそれで手配したのです。
(部屋料金は1泊朝食付で30ドル)

*サイゴンでの安宿(ゲストハウス)の料金レベル (一人部屋)

      10ドル前後   かなりの安宿。エアコンない場合あり
                部屋に窓はなし。(または小窓のみ)

      20ドル前後   エアコン、部屋に窓あり(または小窓のみ)

      30ドル前後   エアコン、部屋に窓あり。朝食付き


1泊25ドルを宿泊代の予算としていたので、5ドルほど高め。

翌朝、朝食を終えてフロントへ出向き
滞在延長を理由に料金交渉を試みると、予想外の反応。
無愛想な態度で、「一泊朝食付きで36ドル」と6ドルも高くなる返事。
そして、30ドルを希望するならネットで予約して欲しいとの事。

USドルの現金で払うからと交渉しても、「NO!」


無愛想なスタッフに言われた通りフロント脇のPCで予約をとるのも
癪に障るので、気分転換、朝の散歩がてらホテル探しへと通りにーーー。

5月のサイゴン、一年で最も暑い時期だったのを思い出させてくれました。
南国の強い日差しが痛いくらいに肌を刺してきます。



空を見上げようとすると斜め前方に『Hotel68 』の看板が視界に。
ロビーに併設されてカフェもありーーー「良さそう!」
早速、窓付き、眺めの良いところと希望を伝えると、6階の部屋を案内。
窓も大きくサイゴン市街が一望。
「ここなら良さそうーーー」



ロビーに降りて、優しげなフロントの青年と料金交渉。
5泊を条件に28ドル(朝食付き)を24ドルにしてもらいました。


気分よくそのホテルに移ったのですが ----。
次から、次へと問題も出てきたのです。


この種のホテルに滞在する旅人は
それも楽しみと感じなくてはいけないことを学びました。


それは、次号のブログで。
乞う、ご期待!

2011年5月12日木曜日

サイゴン再訪の旅ー1

旅立ちの前にブログに書いた、小さな不安感。
「喜んで会ってくれるだろうか?」

サイゴン離任時、仲間の掛けてくれた
  「また、遊びに来いよな!」
  「また、会いたいですねーーー」

  の声を信じて明日より2週間サイゴン再訪の旅に出ます。



先ずは、2年間お世話になった観光局の事務所に予告なしで訪問。

ドアのガラス越しに私の姿を見つけると、笑顔で手招き。
やっていた会議は中断。
皆が手を差し伸べ、大歓迎。ーーーー。不安感一掃!
 
異口同音に地震の事を聞かれ、
皆にお見舞いの言葉を掛けられました。

*大震災の事はベトナム人にも大きな衝撃だったようです。
    義援活動も活発でーーー、その辺の事は後日のブログで紹介します。


そして責任者のアンさんから
「明日(29日)は皆で昼食を一緒にしよう。30日のお祝も兼ねて」
との誘いを頂き、翌日11時に再度事務所訪問。

*4月30日は南部解放記念日で祝日。
   北ベトナム軍が南ベトナム大統領府に戦車で突入
   ベトナム戦争の終結となった日なのです。



ハノイの名物料理『ブンチャ』を食べに、タクシー分乗。

ブンチャ:米粉で出来た麺に、焼き肉や野菜をのせタレを混ぜて出来上がり。



事務所の仲間達には
「若く、明るい歌声にーーー」の雰囲気が溢れています。
とは言っても歌の『青い山脈』の時代では古すぎますが。

今のベトナムは70年代の日本の高度成長期の時代と重なる気がします。
“勢い・活気・エネルギー”がありますからね。

          

        モ・ハイ・バー、ヨー!(1・2・3、乾杯!)


皆は、一気にかっ食らい、一気にビールを飲み
気がつくと半数ぐらいがテーブルからいなくなっていました。
毎回、見受けらる光景です。キチンとした挨拶もせずいなくなるのです。
それが、ベトナム流なんですね。


*事務所の昼休みは11時半から2時間。
  食べたら家に帰る人、事務所で昼寝をする人それぞれ。
  上司の解散の言葉を待ってーーー、という感覚はありません。
  この辺が先ず自分、先ず家族を優先させる発想で
  仕事関係を優先する日本とは、異なる点かと思います。


任期中もべたべたした関係でもなく、
程よい距離感で付き合ってきた面々と
一気に盛り上がり、さあーと引いた昼の宴。
 サイゴン生活を思い出させて頂きました。


事務所の仲間に、

カーム、オン!(ありがとう)

2011年4月25日月曜日

サイゴン再訪

日本に戻って7か月が過ぎました。
月並みな表現ですが“光陰矢のごとし”です。


サイゴン離任時、仲間の掛けてくれた
「また、遊びに来いよな!」
「また、会いたいですねーーー」

の声を信じて明日より2週間サイゴン再訪の旅に出ます。


        





2月下旬に航空券の手配を済ませていました
  しかし、3月11日の未曾有の大震災発生。
  一時は再訪の旅の取り止めを心の中で一人検討。

  幸いに世間の「自粛の自粛」ムードの流れが我が家にも 起こり
  菅首相よりも数段統率力、決断力のある方からの承認も無事下りて
  実現の運びとなった次第です。



今回はバックパッカーが滞在するデタム地区の安宿をベースに行動。
以前住んでいた所は東京で例えれば青山や白金の高級マンション。
この大きなギャップが今から楽しみです。

変化し躍動するサイゴン・レポート,乞うご期待!

次回の更新は帰国後の5月中旬となります。

千円ラーメン

銀座4丁目から数寄屋橋の交差点を超え
さらにJR/新幹線のガード下を抜けて、直ぐに左折。
高架沿いを新橋方面に250メートル程歩くと
札幌柳麺の店『芳蘭』が右手にあります。

                  
この店開店して40年近くが経つ老舗です。

麺は札幌本店から毎日飛行機での“お取り寄せ”が売りでした。

そのため、お代は一杯『500円』。
当時では超高級ラーメン店だったのです。

その頃は高度成長期、見栄っ張りも多かったのですね。
いつも満席でした。
そこにいた自分も、そうだったんでしょうかね。(笑)
言い訳ですが事務所からは徒歩数分でしたので。



先日10年振り位でしょうか、昼時に訪れました。
階段を下りて店内に入ると25人程入れる店に2組5名の客のみ。
ーーーーー、超閑散!

目の前のメニューを眺めれば
味噌ラーメンのお代は『1000円』
勿論、昔の味を求めてそれをオーダー。

        


渇いた喉にグラスの水を流し込み、
アツアツ味噌ラーメンの出来上がりを待ちます。

すると後ろの席の紫煙がエアコンの風に乗って首筋に。
食事の前に煙草の匂いの先制パンチ。

急に入口が騒がしくなり常連風の3名が来店、奥の席に座りました。
部長代理風のメタボの人、
胃の悪そうな係長風の痩せた人
ボサボサ頭の役職なし風の若者

ボサボサ頭が立ち上がり、カウンター脇に積み上げてある灰皿を
躊躇することなく掴み、自分たちのテーブルの真ん中に置きました。
信号が赤から青に変わった時のように、一斉にポケットから取り出しました。
そして点火の儀式へ。

そうなんです、今やこの店は
味噌ラーメンの美味しさを求める人の店ではなく
気兼ねなく煙草を吸える場所を求める人の店なのです。
  *最近は庶民派の定食屋でも長居させない口実もあってか
   店内で『禁煙』の張り紙が目立ちますからね。




久し振りに出席した同窓会。
なんとなく昔の頃のようには皆と馴染めず
「次回は欠席だなーー」と思案しながら家路に向かう時の気分でした。

そんな経験、なかったですか?















2011年4月19日火曜日

海外青年協力隊(JOCV)面々の帰国後の生活はーーーー、

各隊員の参加前の身分は原則無職。
従って任期を終え帰国すると我が同期(シニアの私も含む)も
仕事探しの放浪の旅が始まります。

  *一部の人は任期満了後に職場復帰できる
  『現職参加』の待遇の人もいます。

幸いに不況とは言え,何らかの仕事がそれぞれ見つかったようです。
医療関係で資格のある人は問題なくその道で引き続き活動。
村落開発として活動していた若者はNGO/NPO系に。

親しくしている2名もNGO活動でベトナム、フィリピンに旅立ちます。

そういえば元空手ジュニア世界チャンピオンの彼は空手道場の館長に。
 *『空手 』と言っても“手”に職はあったようですね。(笑)



同期のEちゃん は出身が兵庫。
帰国後南信州飯田でベトナム人研修生の通訳の活動をして
いるうちにその地に惚れ込み、地域づくりの活動に参加。
4月17日には東京築地本願寺で地域野菜の即売会をやるとの
連絡を受け家族総出(と言ってもカミサンと二人)で馳せ参じた次第。


この日は茨城野菜も別のテントで販売しており
復興支援もかねてメロンやカブ(これが実に美味)も買い
楽しい一日となりました。

この夜のメニュー。フランスパン以外は築地本願寺で調達。  

JICAボランティア参加後もこんな形で同期と会えるのは
嬉しいもの。

頑張れ! Eちゃん

     

Eちゃんのブログは、
http://ameblo.jp/cocodani-yasai/

2011年4月9日土曜日

鰺フライ定食

京橋 松輪の鰺フライ定食 1200円

友人のR氏は3年間のサイゴン駐在中に500軒以上のレストランを“食破”。
帰国後もミシュラン3ツ星レストランからB級グルメまで食破の旅は続いています。

先日、同時期サイゴンにいた友人H氏も加わりオジサン3人組が
京橋周辺でお昼を一緒に食べることになりました。

H氏:「どこか美味しいところある?」
R氏:「売り切れ御免の鰺フライ定食の店に行きましょう」



 12時半を過ぎた頃に店の前に到着。
『売り切れ御免』の看板は見当たらず一安心。

しかし縄のれんの下のメニューの案内板の文字を見て
ーーー、 「ギョッ!」  これを「魚!」と書いたら親父ギャクですね(笑)

鰺フライ定食 1200円
   



この店のテーブルには鰺フライの食べ方の説明書がありました。
大根おろし(ワサビ添え)をフライにのせ軽く醤油をかけて
食べてくださいとのこと。

注文して5分ほどすると目の前にアツアツのフライが登場。
解説通りの手順で食べました。

オジサン3人組はいつも食べながらも
「アーダ、コーダ」とグルメ塾議を開始するのですがーーー、


   *この3人組、色んな国を訪れている自称“国際派”。
    故に会話の中にやたらと海外ネタが出て来るのです。
    隣で聞き耳を立てている若い人がいたら、一番に嫌われる
    タイプでしょうね。

    でもこの日は一言も海外ネタとの比較話は出てきませんでした。
    口にはしないものの頭の中で1200円との費用対効果を計算。
    その結果が活発なトークにはならなかったようです。


過去に食べたモノよりも、アツアツでサクサクの食感があり
油っぽさ青味魚の生臭さもなく、アッサリと食べ終えた感じ。



帰路電車に乗りながらも1200円に納得がいかず、浮かぶ疑問は
「家で作った鰺フライとどの程度食感が違うのか?」でした。


年齢のせいか気になるとすぐ行動するのです。
スーパーのマルエツでフライ用鰺の開きをゲット。

   “一枚98円”

パン粉を付ける段階から気合いを入れ
生卵は通常の倍の時間をかけ空気を入れるようにかき混ぜました。




そして完成したのがーーーーーー“これ”です。




 「たかが鰺フライ定食、されど鰺フライ定食」
と言う程に構えるメニューではなさそうです。

結論として、新鮮な鰺(98円でも)が手に入れば
誰でも1200円の鰺フライ定食は作れるのです。


=Photo575=

鰺フライ、品格問えば、B級グルメ

2011年3月31日木曜日

マクドナルド


マクドナルドを 東京では「マック」、
大阪では「マクド」と呼んでいるの,知っていました?

では、その呼び方の境目となる地域はどこなんでしょうか。
名古屋?ーーー、京都?・・・・?

その答えはともかく、いまや国民的ファーストフード の店となった
マックに孫たちと行ってきました。
店内が混んでいるのでドライブ・スルーを利用。

オーダーを始めると店員からは次から次へと質問がーーー。

店員 「ご注文お伺いします。」
私  「ハッピーセットひとつ」 (孫からの注文) 
  
 店員 「スイート・コーンかポテトを選びいただけますが?」
私  「スイート・コーンでーーー。それとシャカシャカ・チキンひとつ」

   店員 「振りかけスパイスはチーズ味かガーリック味がありますが?」
私  「エーッ? ウンーン?」
  孫  「チーズ!」

店員 「かしこまいりました。サービス商品がもらえます。
1番から4番の番号でお選びください」
  孫   「1番が良いなーー。」

  店員 「次のご注文お伺いいたします」
  私  「マック・アイダホ・バーガーセットを1個 」

店員 「マックポテトかーーーー」

          ・・・・・・・ てな具合いでやり取りがまだ続きました。


マックでの注文は適度な緊張感と集中力を使うので
ボケ防止に効果もありそうです。




      


「Photo575」

孫と行く、マクドナルドも、デイケアー