2010年8月24日火曜日

カンボジアの旅 アンコールワットー1

ついに世界7不思議のひとつアンコール・ワットへ。


シェムリアップには大きく分けると二つの遺跡が。
ひとつはアンコールワットと呼ばれる寺院。
もうひとつはアンコール・トムと呼ばれる古い街。
ともに12-15世紀の石造建築遺跡群。

当時の人口は50万人。その頃のロンドンは20万人だったそうです。
19世紀後半にフランス人探検家に発見された時はジャングルの中に
埋もれていたとの事。栄枯盛衰のひな型のようなもの。


最初の遺跡に近ずくと、写真撮影開始!

ここで二つのタイプに分かれます。
Aタイプは、遺跡等を右から左からと角度を変えて写す人。
Bタイプは、遺跡を背景に自分を入れたがる人です。
Bタイプが一人旅だと、私のような一人旅の者にシャッターを頼むのです。
今回は台湾のおじさんのお世話をさせてもらいました。



英語ガイドとベトナム語ガイドに分かれ遺跡を回ります。
メンバーは多国籍軍団。俄か団体行動にそれぞれの国民性が
でるんですね。

団体行動得意の日本人から見ると全体がバラバラに
見え不安を感じるスタートでした。

彼はカンボジア人。
政府公認ガイドは旅行会社に関係なく、同じユニホームを着ています。




英語ガイドさんが地面に線を描いて、アンコール・トムの城壁の
説明をしてくれています。


カンボジア+ベトナムを組み合わせた周遊旅行の参加者の
ガイドの評価は、圧倒的にカンボジアが高いのです。

今回現地に訪れ説明を聞いてわかりました。

先ずは歴史に関する知識が豊富。
聞きやすい英語。
ユーモアを交え、笑顔も絶やさず。
また300万人以上を殺害したポルポト時代の話しなどもいれて
退屈させません。

よく訓練(勉強)されていました。

観光がこの国の一番の産業。
優秀な人が今はガイドになっているのでしょうね。




世界7不思議のひとつと言われるだけあって
どこに行っても、人、人、人ーーーーーー。


遺跡内は指定車以外乗り入れ禁止。

但し、ゾウはOK。
結構な速足でこのゾウさん。
下を向いて歩いていて、人に気がつかなかったのでしょうか。
娘を写していた中国人家族のお父さん、慌てて避けました。

これ、かなりニアミスでしたよ。



アンコール・ワットの旅はまだ続きます。

2010年8月23日月曜日

夜のプノンペン(アプサラダンス)

昨年プノンペンに住んでいる友人がサイゴンを訪ねてくれました。
深夜まで公園にいるカップルを見て「サイゴンは安全だね」と言うのです。

その言葉が何故か記憶に残り、不安を感じながらプノンペンに着きました。
我々の滞在したホテルの近くは、夜遅くまでにぎわっていました。
きっと危険な地域もあるのでしょうけど。


思わせぶりの写真ですがーーーー、
バスの中からの撮影でただ単にピンボケしてるだけ。



カンボジアには”アプサラ”と呼ばれる伝統的舞踊があります。
そのショーをメコン川沿いある洒落たレストランで
堪能させてもらいました。

   *実はカンボジアに旅立つ前日まで”アスパラ”
    発音していたのです。

    恥ずかしい!

    

  
アンコールワットは時代によりヒンドゥ―教や仏教の寺院となり
独特のものに仕上がっています。
そんな影響なのか、この踊りもバリ島でーー、いやバンコックでーー、インドでーー
と色んなところで見たような、何か共通なものを感じてしまいます。


手の甲の返し、凄いですよね。

踊り手は皮下脂肪がほとんどないような超スリム。
とても美しい娘さんでした。

    *皆さんも手の甲を返してみてください。
     どうです?



では動画でその手の動きを楽しんでください。

  =お断り=
  どこの国の女性もお喋り。
  伴奏の静かな音色も彼らの話し声でかき消されています。
  ゴメンナサイ。


2010年8月20日金曜日

カンボジアの旅(シェムリアップの夜)

写真はシェムリアップにある夜の繁華街”Pub Street”
カンボジアには年間200万人の海外旅行者が訪れます。
そして、ほとんどの人がこの町を訪れます。

それはこの町にアンコールワットがあるからです。
厳密に言えば、アンコールワットが発見されたので
ここに町が出来たと言うべきでしょうね。



カンボジアの”足”は、トゥク・トゥクと呼ばれるバイクでワゴンを引く
”乗用車”です・

大半がタクシーとして町を走っているのですが
この写真は違いますね。
笛・太鼓で騒々しい音を立てユックリお店の前を走り
お賽銭をもらっていました。

スピーカーの大きさを見ても音の大きさが想像できるでしょう。





町の中心に大きな市場がありました。
ベトナム同様、冷蔵装置はなく肉はそのまま置かれています。
民族衣装のお姉ちゃんは右手にはたきのようなものを持って
寄ってくるハイを追っ払っています。

買うのは躊躇しますよね。


通りに面して観光客向けのお土産屋さんが並んでいますが、
奥に足を踏み入れると、庶民の為の食材が売られていました。


何故か美容院がその市場の一番奥にあったのです。

この周辺、生魚やドリアンなど強烈な匂いを発するものが多く
早く立ち去りたい気分になる場所なのですが、
このお姉さんは、気持ち良さそう。凄いですね。

どうせならもっとステキなお店でと思うのは、ボクだけでしょうか?



水槽の足は?

”Fish Massage"3ドル。
足のそばに小さな魚が寄ってきていますね。
それが足をつっつくのです。

Fishだけが働いていては悪いと、背中を気休め程度にお姉さんが
マッサージしてくれるのです。

外から見る限りは、魚の方が休みなく働いていました。


ナイト・マーケットでは
こんな下着も売っていました。



ウッカリ白のズボンの時にはいていたら、汗で色落ちし
ズボンの前の部分が黄色に変色してしまいそうですね。
要注意。(笑)


ところで、ルイ・ヴイトンでは下着扱っていますか?

そう言えば、日本でフェンディのがらの半纏を着ている人を
見たことがあります。

何でもアリの国は楽しいですね。



2010年8月19日木曜日

カンボジアの旅(トイレ休憩)

2時間程バスで走るとトイレ休憩。
当然そこにはモノ売りの人が集まっています。

カンボジアも同様。
但し、売っているものが?X?V!?


前屈みで写真を撮っているのは
同じツアーに参加しているイタリア人。

何を撮っているかって。
”コウロギの甘露煮”のような感じのもの。


右はコウロギの甘露煮。
上の手で押さえているのがクモの甘露煮。




彼女の手にあるのが調理前のクモ。



そして、赤い色のモノはカエルケチャップ煮。



0X煮とか、調理方を述べていますが
実はどれも味見はしていません。
そこまでの勇気が無いもので‐‐‐‐‐、ゴメン。



シェムリアップの町にも日本食屋がありました。
お店の名前はGINGA。

きっと日本人観光客はここで「やっぱり日本食だねーー」とか
言いながら、枝豆にビール等を先ずはオーダー。
そして、メニューを眺めるのでしょうね。

ここには入る勇気はあったのですが、高そうなので止めました。

右手にトゥク・トゥクが走っています。
左手には緑色のユニホームを着た清掃のオバサン。
ベトナムはオレンジ色ですね。
観光の町は日中の暑いさなかでも道路の掃除をするのですね。

カンボジアはベトナムのようにゴミを捨てる人が少ないの
道路がキレイでしたね。



ピックアップトラックの荷台に多くの人が乗っています。
そして、その隣は警察官が白バイに二人乗り。

勿論、お咎め無しです。


ベトナムのようにバイクが氾濫してないだけで、
落ち着いた町に感じてしまいます。

















2010年8月18日水曜日

カンボジアの旅(プノンペン)


プノンペンにある王宮。
あの有名なシアヌーク殿下がいるところです。

手前に写っている乗り物は客席をバイクにつないで走る”トゥク・トゥク”。
ここでのタクシー。雨が降れば屋根に巻きつけてあるフォローで被います。


正面の大きな建物の隣が”お住まい”。
知らなかったのですが、シアヌーク殿下の息子が今は国王。
(勿論、殿下は存命ですが)
なんと58歳ですが、独身との事。


右手の青い旗が上にあるときは家にいるとき。
真ん中が公務で不在。
下が海外訪問中(だったかなあ?)です。

王宮がプノンペン(首都)観光のハイライト。
実際、ここしか見るモノはないようです。





ですので観光客であふれています。
我々のツアーも、英語ガイドとベトナム語ガイドに分かれて王宮内へ。
ガイド役は旗を振り振り皆をまとめて行動させようと、汗をかいていました。

  


王宮のなかに、何故かエレファント・ミュージアム。
なかに入ったら、高さ20㎝程のゾウ(金・銀等で出来た)の置物が
多数ケースに並んでいるだけ。
「いったい何だ、こりゃあ?」てな感じで、

表に出ると―――いました。



ゾウにも負けない位の女性が!






プノンペンの街の中心部は予想以上に都会風の佇まい。
(バスから眺める限りですが)


左側の建物はカジノ併設の超高級ホテル。
さらにその左手には建設中のホテルや高級アパートが
ありました。

きっとこの街も日に日に変化してるんでしょうね


そのホテルの前からメコン川に向かって200mも歩くと
川沿いの遊歩道には、モノ売りのオバサンがいました。
素足ですね。


川には水上生活者の船も。


このホテルの周辺はプノンペンで最も近代的な所なんでしょう。
一方写真のような小舟で生活している人達もいるのです。
でも、何か格差の大きさも感じてしまいますね。








2010年8月17日火曜日

カンボジアの旅ー1出発


カンボジア一人旅、出発



今回はSinhCafeのカンボジア・バスツアーに参加。
総勢47名。国籍はベトナム・中国・台湾・韓国・スペイン
イタリア・フランス・オーストラリア・アメリカそして日本。

  *Sinh Cafe(現在はSinh Tourist) のバスツアーは    
   沢木耕太郎がベトナムの旅を書いた
   『国道1号線を北上せよ』
にもよく出てくる名前です。
   

ベトナムの長距離バスには世話係り役二人います。
一人は荷物の整理やバスの清掃、水の配給等諸々雑務担当。
それに我々のガイド役の添乗員。
バスは満員。添乗員はゴミ箱を椅子変わりに使っていました。



ほぼ2時間間隔でリフレッシュ・トイレ休憩

 サイゴンからカンボジア国境まで2時間半。
 国境越えの入国手続きで30分程かかります。
 そこからプノンペンまで3時間程度。
 
 初日のバス移動は休憩時間も入れると7時間位。



参考までに途中のトイレをパチリ!



これは国境の建物。
海に囲まれた日本人にとっては、陸続きの国境には
何故か興味を持ってしまいますね。

大半が団体バスツアー。
添乗員が一括して査証審査を受け、
再度パスポートを読みあげて皆に配り
改めて入国係官に各自が入国スタンプをもらうようになるのです。


ところがその査証発行料25ドルは国に入るお金。
それだけでは係官は納得しないようで、旅行会社の査証業務担当者に
「x/?・?x。」と訳の分からないことを言って”$”を要求するようなのです。

その国の色んな”仕来たり”がありますからね。



国境を超えて少し走るとフェリーでメコン川を渡ります。
バスの隣にはニワトリを専用運搬車で運んでいましたが
この日も暑く、相当数のトリが”熱中症”って感じ。
トサカが下にたれていますものね。


プノンペンまであと3時間。

次回をお楽しみに。

2010年8月8日日曜日

ツアーガイド・コンテスト




アクロバッチクなショーでしょう。
時間は朝の8時半。「エッ、朝練?」

とんでもない、この日は観光ガイドコンテストの地区予選。
ここで選ばれた人はハノイの全国大会に出場するのです。

と言う事で、このショーは”雰囲気盛り上げ隊”ですね。


審査項目は
  A)ベトナムの歴史や観光ポイントに関する知識
  B)ベトナム語による観光ガイド
  C)外国語による観光ガイド

    *この国では日本語は外国語。
     ですので私はその審査員に指名されたのです。




審査開始。
先ずは案内する観光地をスクリーンに映し
ガイドとしての説明ぶりを披露します。





続いて専門知識の審査。

歴史や観光の知識レベル審査は、まるでテレビのバラエティークイズ番組のよう。



  赤いアオザイ姿の女性がガラスケースを神妙に抱えて登場。
  ガイドさんは、そのケースの中から一枚のカードを引きます。
  そしてキンキラなアオザイを着た司会者はカードを手に
  3問の質問事項を読みあげるのです。

  ガイドさんはその回答を専門知識担当審査員に向かって話すのです。
  それが終わると、今度は審査員からもガイドさんに質問がーーー。

  全部がベトナム語でのやり取りで意味不明ですが
  ガイドの皆さんは,つかえることなく答えてました。
  流石、代表選手ですね。




実はこの日も、関係者の集合予定時間になっても数名のみしか
いませんでした。これもベトナムでは良くあること。

一緒に日本語の審査員をする大学の日本語学科のベトナム人教授と
は前日7時15分(予定時間の15分前)に会う事を約束。

審査の打ち合わせ後、観客のいないうちに『ハイ、ポーズ』。


結局コンテストは40分程遅れて、何もなかったかのように開始。
5人程審査が進んだところで、ある事に気がついたのです。

それは、教授とガイドさんの質問風景を見ている時でした

  ベトナム人同士だと、ベトナム語訛りの日本語の方が
  流暢で日本人並みの日本語を話す人より、聞きとりやすいのです。

一人、とても流暢な日本語を操り観光案内を見せてくれた
ガイドさんがいました。でも、その教授には早口だったんでしょうね。
聞きとり難かったようでした。

また、私が普通のスピード(彼らにとっては早かったようで)で話しても
聞き返されることがありました。

    考えれば、我々もアメリカ人の話す英語の時には
    同様の経験がありますものね。
    
    異言語に対する反応は、人種を問わず同じなんですね。

日本人のある言語学者は言っていました。
世のグローバル化と併せて、英語が急激に世界の共通語として
使われるようになり、ネイティブでない人同志の英語の会話の割合が、
ネイティブ同士でのそれを上回る。
従って、多くの自国のアクセントが混じった英語が世界中で話され
ネイティブと言えども、それらを理解するようにしなければ
彼らも国際的に通用しなくなると。

これには大いに納得。同感、支持します。

これを逆手に取るわけではありませんが
従って、日本語的英語発音で充分。
通じなければ、話してより聴き手の問題。

そう思って自分を励まそうとしているのですけどね、本音はーーーー。

ただ、ベトナム人にはその理論は通じないのです。
99%正確な発音でないと理解してくれません。
ここにはなんの許容範囲もなく、妥協点も見つかりません。


これは、ベトナム語ができない言い訳ですかね。